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ニィカ!  作者: 稲見晶
第二章 塀の町イセファー
51/115

51. ふたりの考え

 ニィカの手のひらを縦にふたつ重ねたくらいの細長い窓。そのすぐ下でニィカとマルシャはひざをかかえていた。

「ここなら、たぶん外から見えないから……」

「うん」

 ひそやかにことばを交わす。

 このまま、隠れて、時が過ぎるのを待って。もうあそこには帰れない。ケルーノとみんながいる、にぎやかなあの家には。

 ニィカはちらりとマルシャの横顔を見た。小さく体を丸めてはいるけれど、唇を引き結んで強い目をしている。

 帰れないのはさびしい。でも、マルシャはもっとさびしい。きっと、ずっとずっと、あの家でみんなと暮らしていたのだから。


「……ねえ、マルシャ」

 横顔をじっと見つめて呼びかけた。マルシャがこっちを向いて、「なあに?」と応えた。

「マルシャは帰ったほうがいいんじゃない? あたしはもう、平気だから」

 不安を殺して笑ってみせる。マルシャが痛々しく眉をよせた。

「だめだよ」

 それだけ言って、ニィカから目をそらす。ニィカはその耳に続けた。

「でも、これあたしのせいだもん。マルシャは帰って、みんなのところにいたほうがいいの、きっと。マルシャもみんなも関係ないのに、こんなに迷惑かけて……」

 ぎゅっと手が握られた。その熱さと力強さに思わずことばが止まる。

「ニィカ」

 マルシャの指の骨の固ささえも感じられるほど。

 マルシャはもう一度「だめ」と言った。

「ニィカをおいて帰ったりしない。それに、関係ないなんて言わないで。ぜったい」

「でも」

 マルシャは「聞かない」とこどもじみたしぐさで首をふった。

「もうなんにも言っちゃだめ。言わないで」

 ニィカは口を開きかけ、迷いに迷ってから、なにも言わずにうなずいた。


 手をつないだまま、射しこむ光を避けるようにうずくまる。外はしだいににぎやかになってきた。

 物売りの声とともに焼きたてのパイの香りが入りこむ。

 そういえばゆうべの、途中でさえぎられた食事からなにも食べていなかった。

 おなかがきゅうっと縮むような空腹を感じる。ちらっとマルシャを見ると、彼女もちょうどこちらに顔をむけたところだった。

「……おなかすいたね」

「うん」

 ぺたりと壁に背をつける。ニィカはパイのにおいをかがないよう、鼻をつまんだ。

 マルシャはゆっくりとまつげをまたたかせながら考えごとをする。その瞳が不意にかげった。


 ニィカがその表情に気づく前に、マルシャは元のようににっこりとニィカに笑いかける。

「ちょっと待ってて、ニィカ。食べるもの持ってくるから」

 ほどかれそうになったマルシャの手を、こんどはニィカが強く握りしめた。ひとりになるのは怖かった。

「あたしも行く」

「え? でも……」

 マルシャが口ごもる。その目をのぞいて、ふと考えついたことがあった。

 もしかしたらマルシャは、そう言ったまま、あそこに帰るつもりなのかもしれない。それならあたしは、じゃましちゃいけない。


 ニィカの手がマルシャから離れた。

「ごめん……。えっと、うん。だいじょうぶ。……行ってきて」

 ふたりはしばらく見つめあった。マルシャがゆっくりと手を差し伸べる。

「ニィカ」

 その手をとる前に、ちょっとだけためらった。マルシャの手のひらはしっかりと握り返してくれた。

「ごめんね。いっしょに行こうね」

「……うん」

 自分でもマルシャに甘えているのはわかったけれど、いまこの時は、どうしようもなく甘えていたかった。

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