5. 青い伝令
太陽はすっかり山の上に姿を現していた。
一軒を訪れるだけで意外と時間を取られてしまう。街道上の馬車にそれらしい者がいないか確かめながら早足で馬を進める。
二軒目の宿屋も空振りだった。
簡単な食事をとり、アルベルトにも乾草や燕麦をやった。
アルベルトの汗が引くのを待ってまたがる。
三軒目でも空しくライント銀貨を一枚手放しただけだったが、四軒目の宿屋でようやくアロアの名を見つけた。名前の通りに異国風の、肌の浅黒い男だったらしい。妻とおぼしき女性と一緒だったそうだ。
その二人が宿を発ったのは七日も前のことだった。こちらへ向かっているうちに何か厄介事に巻き込まれたのだろう。
厄介事。昨日に刎ねた首と折った腕の感触が蘇る。
王都から離れればそれだけ盗賊も現れやすくなる。高価な絨毯とあらば格好の獲物だろう。
ギュミルの肚の中では、アロアが道中で盗賊に襲われたことをほぼ確信していた。ならば彼の足取りがどこで途絶え、荷物はどこへ消えたのか――つまり賊の隠れ処だ――を調べてみるべきか。
なにも一人で賊を潰すつもりはない。場所を突き止めるだけだ。知らず知らずのうちに、腰の剣に手をやっていた。
馬を曳きながら街道を注意深く歩く。これほどに時間が経ってしまえば目立つ痕跡も残っていないかもしれないが。わずかにでも道の脇に獣道ができてはいないだろうか。馬車あるいは人間の一部が転がってはいないだろうか。
日が暮れるまでは探りを続け、その後は宿に一泊して王城へ戻るつもりだった。
アルベルトは、のろのろと地を這い同じところを行きつ戻りつする主人に不満を向けるでもなくおとなしく付き従っている。
アルベルトがぶるるっと鼻を鳴らした。
「どうした?」
ギュミルが顔を上げると、彼は街道のむこう、王都の方向を見ていた。
やがてギュミルにもその理由がわかった。馳せる蹄の音、それに負けぬよう張り上げる人間の声。
「申し! もーうしいー!」
王国騎士団の伝令だ。声から判断するとまだ若い。こういった雑用は下っ端がやるものと相場が決まっている。
マントと馬装の青色からみると第三兵隊の者だ。ギュミルは街道の脇に寄り、挙手礼を送った。
走って来た彼は馬の上から礼を返し、通り過ぎようとして慌てて手綱を引いた。
馬が戸惑って跳ねる。
「わっ、うわ、あっ、……っと!」
なんとか振り落とされるのをまぬがれたようだ。巻き添えになってはかなわないと、ギュミルはアルベルトを連れてやや距離を置いていた。
第三兵隊の若者は並足でギュミルに近づき、馬を下りた。
「黒梟隊、ギュミル=リヒテス殿で間違いありませんか」
「ああ」
互いに手袋を外し、指輪の紋章を確認する。
「主命が下っております。絨毯職人アロア=ジン、ええと……、アロア=ジンメン……、でもなく」
若い兵士は苛立ったように頭を振る。
「アロア=ジンマール=タンジか」
「ああ、それです。異国の名は覚えにくくて困りますね。その者の家へ赴き、そこにいる人間を保護せよとのことです。子供が一人いるはずだ、と」
「保護か。リヒテシオンに連れて行けばよいか」
「はい」
「承知した」
青色を纏う兵士はそこでほっと息をついた。
「いやあ、黒梟の人と話すなんてはじめてです。意外と普通の人で安心しました」
「そうか」
「オレたちとは色々と違うんですよね? なんでも単独任務が多いとか……」
親しげに話しかけてきた彼を鋭い目つきで見据える。
「用件が済んだなら帰れ。黒梟と関わると出世に響くぞ」
若い兵士は気まずそうに目を泳がせた後に「それでは」と元来た道を戻っていった。
突然の任務の変更。馬車かその主かが見つかったのだろう。おそらくは無惨な状態で。
保護というからには早く対象を見つけ出しておくべきだ。陽光は色を赤く変えはじめていたが、ギュミルはアルベルトを走らせた。
早いうちから角灯を灯し、アロアの家へと至る脇道を探す。幸いにして日が暮れきる前に聞いていた道へ踏み入ることができた。
道を外れないよう、川に足を取られないよう、ゆっくりと歩く。
やがて水車の回る規則的な音が耳に届きだした。