48. 日没
日がかげってきたところで針仕事を終え、夕食の支度をはじめる。
「きょうは帰ってくるよね」
ビビが器を数えながらつぶやいた。
そのとなりで使い終えた料理道具を拭いていたニィカがなにか言うよりも早く、「たぶんね」とマルシャが鍋をかき混ぜながら答えた。
「ねえ、なに入れてるの?」
サラとタラがマルシャの左右にまとわりつく。
「緑のにんじん」
「えー」
「好き嫌いしないの。ほら、お皿持ってきて」
サラとタラはぱたぱたと駆けてビビのもとへ行く。
「ビビねえちゃん、おさらちょーだい」
「ちょーだい」
ビビがひとつずつ器をわたすと、ふたりはそれを両手でしっかりと持ってマルシャのところへ戻っていった。
「ただいまー!」
「腹へったー」
小さなとびらが開いて、にわかにさわがしくなる。ひときわ甲高く、幼い泣き声が響いた。
「もう泣くなって、ジーン」
「どうしたの?」
「走って転んだんだ」
見ると、ジーンのひざがすりむけて血がにじんでいる。そのまま帰ってきたようで、傷口には泥が付いたままだった。
「ジーン、おいで。いたくない、いたくない」
マルシャが「あとよろしく」と言い置いてジーンを連れていく。
「はーい」
おたまを受けとったビビは、「はやくはやく!」と急かす男の子たちをあしらいながら次々と器を満たしていった。
やがて傷に布を巻いてもらったジーンとマルシャがもどってくる。ややあって、はしごからだれかが下りてくる音がした。
「……あれ?」
ニィカはまじまじとそれを見上げる。はしごに足をかけていたのは、ケルーノといっしょに出ていたはずのアーロスだった。
「いつ帰ってきたの?」
「さっき」
「おかえり」と声をかけた覚えはなくて、ニィカはいぶかしんだ。その表情にアーロスが吹き出す。
「そんなヘンな顔しなくてもいいだろ」
少しむっとしてほおをふくらませる。
「ヘンな顔って……」
言いかけたときに答えがひらめいた。
「抜け道から入ったんだ!」
「そういうこと。ケルーノもすぐ来るぜ」
アーロスはぴょんとはしごから飛び下りた。
トイゴイはやはりいなかった。ひとつあまった器が所在なくテーブルのはしに乗っている。
「ボク、ごはん食べたらまたさがしに行ってくるね」
ケルーノのことばにうん、うんとまばらなうなずきが返る。
「キミたちはきょう、どう――」
ドン、ドン。外へつながる小さなとびらをたたく音が声をさえぎった。
一瞬で室内に緊張が走る。
ドン、ドン。重い音がとびらを揺らす。
「いるのだろう。尋ねたいことがある」
ニィカの知らない声。シチューが落ちた。器と床の、木がぶつかり合う音。
ケルーノが感情の読み取れない目でとびらを凝視している。
液体のしたたりがなぜかつぶさに聞こえた。
「ニィカ=アロアーラという――」
ものを詰まらせたような奇妙な音がケルーノののどから漏れる。しばらく声もなくあえぎ、彼はやっとのことで叫んだ。
「……マ、マルシャ!」
悲鳴のようなそれに応えて、マルシャがニィカの手をつかむ。ニィカは椅子から転げ落ちそうになりながらもマルシャに引かれるままに走った。
「そこ、ふさいで!」
アーロスが自分の座っていた椅子を動かし、とびらに体をもたせかけて座る。すぐに何人かの子供たちが同じように群がった。
マルシャは床にひざをつき、いつかケルーノが帰ってきたときに使った抜け道のとびらを開けた。
「先行って!」
抜け道の先は真っ暗で、ニィカはしりごみした。
外からいら立ったようなとびらの音。
「おい!」
ぎしっととびらが、家がたわむ音をたてた。ぞくりと背筋が冷える。
思い切って床下につづく穴へ飛びこんだ。直後にもう一度、だれかが抜け穴に下りて、どさっと音がした。次いで抜け穴のとびらが閉ざされ、あたりが本当に真っ暗になった。
「まっすぐ進んで! だいじょうぶだから!」
背後からマルシャの声。
「ねえ、マルシャもついて来てくれる?」
「もちろん」
心強くなってニィカは足を踏み出した。
床があるであろう頭上は、どたどたと騒がしく揺れていた。




