44. 手と手
「それじゃあ……、あら、スイは外じゃないの?」
家に残った子供たちを見わたし、マルシャがスイに目をとめる。スイはおどおどと視線をさまよわせながら、「えっと、ニィカに……」と口をひらいた。
「あたし?」
うつむいていたスイは応える声に顔をあげ、ふたたび目をそらす。
「どうしたの?」とニィカが近づこうとすると、スイは「やめて!」と悲鳴にも似た声をあげた。
思わずびくりと足が止まる。
スイは深く息を吐き出して首を横にふった。
「ごめん……。まって、じっとしてて……。ぼくが行くから」
「うん、わかった」
言われたとおりにニィカはその場で待っている。スイは小さく、一歩ずつ、あるいた。
おたがいに手を伸ばせばとどきそうな距離。震える息を吐きだす。うなだれ、自分の足の大きさを計るように、スイはほんの少し前に出た。
「……ニィカ」
ささやき声で呼ぶ。
「……うん」
つられて返事も小さくなった。
「ごめん、じぶんでもわからないけど、こわいんだ……。ニィカのこと、きらいなんじゃないよ」
「うん、だいじょうぶ。えっと、スイだけじゃないの」
スイは「え?」とニィカの顔を見た。一瞬まぶしそうに眉が寄せられたけれども、彼は目をそらさなかった。
「……いろんな人が、あたしの中にいる『特別なもの』をこわいって言うから。だから、だいじょうぶ」
「ニィカ」
呼んだのはマルシャだった。スイは気まずそうに黙りこくる。ニィカはまるい琥珀色の目でマルシャをふりかえる。
「それって……」と言いかけて、彼女は「ごめん、あとにする」と口をつぐんだ。
ニィカは彼女からスイに目をもどして、「お祈りがあるの」と告げた。
「お祈り?」
「うん。『特別なもの』をかくすお祈り。今から言ってみる」
言い伝えるようにゆっくりと、ていねいにお祈りをとなえる。最後まで言い終えて「……どう?」とどきどきしながら訊いた。
「うん、さっきよりこわくなくなった……、かも。そのおいのり、どうやるの?」
ニィカはお祈りを少しずつ区切って教えた。
たどたどしい声がニィカのあとに続いた。
「ありがとう……。うん、じゃあ、行ってくるね」
前よりも晴れ晴れとした顔で、スイは外へ駆けていった。
「ニィカ」とマルシャがニィカの手をとる。
彼女をふりむいてはじめて、家にいるはずの子供たちの姿も見えないことに気がついた。
「みんなは?」
「もう仕事してる。……ニィカ、あのね」
マルシャの手に柔らかく力がこめられた。ニィカはなにを言われるのだろうと不安をおぼえながら続きをまつ。
「つらいことに、慣れちゃだめだよ。なにがいいことで、なにがいやなことか、わからなくなっちゃうからね」
「うん」とあいづちを打ちながらもニィカは首をかしげる。
ニィカの手をしっかりとにぎって、マルシャはニィカの顔ではなく、みんなのいる女の子の部屋のほうを見据えていた。