42. 仮面
話を終えて立ちあがったケルーノは、なにかを考えながら部屋のなかのあれこれを手に取っていく。
「それ、なにに使うの?」
ケルーノはニィカに顔を向け、「あれ、知らなかった?」と首をかしげた。それからじわじわと得意げな笑みをうかべる。
「ボク、軽業師なんだよ」
はじめて聞くことばに、ニィカはしばらくぽかんとしていた。ケルーノが「ちょっと見てて」と引き出しの中から小ぶりのナイフをじゃらりと取り出す。
「そこ、動かないでね」
そう告げるやいなや、彼は無造作にナイフの一本を上へほうり投げた。二本目、三本目が宙に飛ぶ。あやつるナイフは全部で四本。
落ちてくるナイフの柄をつかまえてまた放る。高く円をえがくようにナイフは刃をきらめかせながらケルーノの回りを舞った。
ニィカは鋭い刃先の回転に息を呑み、黙って彼を見つめていた。
やがて右手のそれぞれの指の間に一本ずつナイフをはさむようにして受け止め、ケルーノは演技を終えた。ニィカに「どう?」とほほえみかける。
「……すごい!」
ニィカは目を輝かせた。
「広い場所ならもっといろいろできるよ」と、ケルーノは胸をはる。
「いろいろ?」
「高いところに上ったり、くるくる回ったりね。あと、ナイフを投げて的に当てたりも得意なんだ」
「じゃ、きょうはこれにしよう」とケルーノはさっき使ったばかりのナイフを鞘にしまい、ふくろに入れる。
「ねえ、それ本物?」
「もちろん」
即座に答えて、すこし考える。
「今はちょっと切っていいものが見当たらないけど」とおどけた。
さらに布を何枚か、木の板とボールを選ぶ。それらをまとめて分厚い布のふくろにつっこみ、ケルーノは部屋の出口にむかった。
最後に鳥を模した仮面をつけて、彼の準備はおしまいのようだった。とつぜん表情がわからなくなってしまったように思えて、ニィカは目をこする。
扉を開けかけたケルーノは、「どうしたの?」とたずねた。
ことばが見つからないままに「えっと、それ……」と仮面を指さす。
「これ? ……これがあれば、怖くないんだ」
「こわい?」
「……おとなとか、ね」
その答えは、むき出しのくちびるの表面だけで生み出されたようだった。
「ちょっと、待って」
ニィカはケルーノを呼びとめ、頭に巻いているバンドをはずした。
「うん」
ケルーノはすこし首をかしげながらも扉に手をかけたまま待っている。
「……あまーにぇ にぃか ふれた ざしと ぽとにいた るいーすて あまーにぇ しぃやすと く にぃこ のと ぷりぇはと るいーすて」
いつもよりずっと心をこめてお祈りをとなえた。しゃらりと音を立てるバンドを頭にかざる。
「それはなに?」
「あたしの中の『特別なもの』をかくすお祈り」
スイが怖いままなのはいやだから、とニィカはすこしさびしく笑った。
ケルーノは「……そっか」と静かにこたえた。ふわりと羽毛を置くような声に、ニィカは彼を見上げた。
「さ、そろそろ行こうか。今日もひとかせぎしないとね」
仮面の下で、軽く明るく口が動いた。