41. 怖いもの
「特別なもの? なに、それ? どんなの?」
好奇心をあらわに、ケルーノはニィカの上から下までをあらためて見つめた。
「……よく、わかんない」
今度は本当のことだった。まったく知らない人が、ニィカを、いや、ニィカの中の「特別なもの」を怖がる。
けれどもニィカはその「特別なもの」の姿を見たこともないし、その声を聞いたこともない。
ケルーノはただうなずいた。
「おいのりして、隠さないといけないんだって」
ぽろりとニィカはつぶやいた。おいのりを何度しても、ニィカにむけられるおびえた視線が消えることはなかったのだけれど。
じぶんでは何もわからないまま、知らされないまま、ニィカは振り回される。ニィカにとっては「特別なもの」よりもずっと怖いものが、ニィカをめがけてやってくる。
まだ鼻の奥にのこる炎のこげくささ、夜闇に立ちはだかるドルジャッドの兵士。ニィカを逃がしてくれた赤いマントの騎士は無事だろうか。
思いだすとからだにふるえが走った。
「ごめん、ニィカ。いいよ、言いたくないことは言わないで。思いだしたくないことは思いださないで」
あわてたその声にケルーノの顔を見上げる。彼は今にも泣き出しそうな白い顔をしていた。
「ケルーノ……、だいじょうぶ?」
思わずそうたずねると、ケルーノは二、三度まばたきをしてからほほえんだ。
「うん、平気。ニィカはやさしいね」
ふうっと息をついてから出てきた彼の声色はもうおだやかなものに戻っていた。
「キミの『特別なもの』は、なにかするの? ええと、まわりの人にっていうことなんだけど」
ニィカは考えてから、「たぶん、なんにも」と首をふった。
「ならよかった。スイにも怖がらなくていいよって言ってあげなくちゃね」
それじゃ、おしまい、とケルーノはニィカに笑いかけた。ニィカは椅子を立つ前に訊いてみた。
「ねえ、あたしはこれからもここにいていいの?」
「あたりまえじゃないか」
ケルーノはきょとんとした顔でこたえた。
それでもとまどいを消せないニィカに、重ねてしっかりと呼びかける。
「ゆうべも言ったでしょ? 好きなだけいていいって」
「でも、スイは……? いやな気分にならない?」
ケルーノの顔がわずかにくもる。
「うん、……ニィカ、その、もしもスイがキミのことを怖がっても、できるだけ気を悪くしないでほしいんだ。スイにも言っておくから……」
ニィカはしっかりとうなずいた。もう慣れたことなんだし、だいじょうぶ、と自分に言い聞かせて。
ケルーノはまるで自分が怖がられているかのような悲しそうな顔で「……ごめんね」とぽつりと言った。