4. 絨毯職人の行方
「……なるほど。して、報告は以上か」
玉座の間に声が響く。
「はっ」
ギュミルは今度は国王の下に頭を垂れていた。
「ならば追って盗賊の動向を探らせることとしよう」
その言葉にギュミルの血が滾る。あのように気位の高く、壊れもののように扱ってやらないとならない姫君とやらを護衛するよりも、危険を顧みずに剣を振るっているほうが好きだった。あの盗賊。根城を突き止めたなら俺一人で壊滅させてやる。
腰に提げる剣の重みを感じる。
ギュミルの口元に浮かんだ高揚を見てとり、国王が咳払いをする。
「そなたの期待を裏切ることとは思うが、捜索と討伐は別の隊に任せる。第三兵隊が手隙であったろう」
ぴくりとギュミルは眉を寄せる。しかし、「よいな」という国王の言葉に「……かしこまりました」と顔を伏せたまま応じた。
逆らうという選択肢はない。彼は国王、そしてこのリヒティア王国に飼われる忠実な黒熊だった。
「代わりというわけではないが、そなたには別の仕事を頼みたい」
「なんなりと」
翌朝、辺りがほの白むころにギュミルは愛馬アルベルトを駆り、王都を発った。
目的地は出入りの織物職人アロア=ジンマール=タンジの家。王都リヒテシオンから南東にのびる街道を馬車で二日ほど進み、さらに草を踏みしだいた道に入り、沿って進んだ先の河畔にあると聞く。
今冬のための絨毯を納めに城を訪れるはずがまだ着かないため、途中の宿屋に聞き込みながら様子を調べてくること。それが課せられた命だった。
そのような使い走りの小僧のような真似を、という思いがないでもなかったが、ギュミルはその任務を拝受した。
アルベルトの足ならば片道一日もみていれば充分だろう。王都に近いところで確認がとれればこの日のうちに戻ってくることも可能に思えた。
街道を飛ばす。王都へ入る城門がまだ開いていないせいか人気はない。荷馬車がいればすれ違いを防ぐためにいちいち誰何しなければならないところだった。
例の織物職人の家へ向かうまでに宿屋は四軒。
太陽の姿が山の端から見え出す頃にその一軒目に着いた。
「すまない、ここにアロア=ジンマール=タンジという男が訪れてはいないか」
「ああ? なんだね、おまえさん」
宿の主人はこの早くから人探しをする無骨な男を不審に思ったようだった。
ギュミルは厚い革の手袋を外す。その左の親指には金の紋章付き指輪があった。松明と剣が交差するその紋様に、主人は目を見張った。
「王国騎士団黒梟隊所属、ギュミル=リヒテスだ」
低く名乗ると主人は青ざめた顔で「少々、お待ちを」と宿帳を繰り出した。
ギュミルは再び手袋をはめる。無用な注目を引いては面倒だ。
「騎士さま、へえ、お探しの名前はなんていうんでしたかね」
「アロア=ジンマール=タンジだ」
「アロア、アロア、ね。異国の名前ですな。エイファーラの辺りですかねえ」
ギュミルは返事をする代わりに宿帳に鋭く視線を落とした。無駄口はいい。さっさと探せ。
主人は気まずく口をつぐみ、指で連なる字をたどたどしくなぞった。ギュミルは立ったまま主人が手を抜かないか目を光らせていた。自分で確認する手もあったが、できる限り避けたい。軍事教練とともに教育をある程度受けたとはいえ文字を読むのは苦手だった。
やがてため息をついてから、宿屋の主人はギュミルを見上げた。
「いや、騎士さま。アロアっちゅう名のもんは泊まってませんな。少なくとも、ここ十日ばかりは」
「そうか、手間をかけさせたな」
取っておけ、とライント銀貨を一枚握らせる。
「へっへ、どうも」
ほとんど客を一晩泊めたくらいの額を受け取り、主人は相好を崩した。