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ニィカ!  作者: 稲見晶
第二章 塀の町イセファー
39/115

39. 抜け道

「ほら、みんな手伝って」

 マルシャが小さな子に皿をわたす。それから階上へ目を向けた。

「ビビ、ニィカ。そこにいるついでに、寝てるのを起こしてくれない?」

「はあーい」

 不機嫌な声音を残しながらもビビが返事をする。

「わかった」とニィカも応えた。


 ビビと手分けして、格好もさまざまに寝ている子供たちを起こしていく。

「ほら、起きなさいってば、ヤシト」

 ビビは手荒に毛布代わりの布をはぎ取り、藁のベッドから転げ落とす。ニィカはそこまでのことはできず、声をかけながら体をゆする。

 なんとか部屋のなかの子供たちをみんな階下に追いやった。

「バネンズとバニータは? 下にいたっけ?」

 唐突に聞かれて首をひねる。「ほら、ええっと、顔にやけどのある女の子と、めったにしゃべらない男の子」という説明をきいて、ぼんやりと思いだした。ただ、一階にいたかどうかはわからない。

 そう答えると、「じゃあ、見てみる」とビビは窓ぎわのベッドに近づき、かがんで藁に腕をつっこんだ。

 ニィカが驚いて見ているうちに、がこん、とにぶい音が鳴る。ビビが背を伸ばしながらなにかを持ち上げる。ざざざっと床に落ちた。

 あらわれたのは、床にぽっかりとあいた穴と、それをふさぐためであろう木のとびらだった。


「……なに、これ」

 ぽかんとして尋ねる。ビビは「抜け道。あの二人、いっつもこの中で寝てるから」とこともなげに答えた。それから穴のふちに手をかけ、前転するほどのいきおいで穴をのぞきこむ。

「バネンズ、バニータ、いるー?」

 その声はしばらく響いて消えた。ひょいっとビビの頭がもどってくる。

「いなかった。もう起きてるみたい」


 ニィカはそれよりも、「抜け道」のことを聞きたくてしかたなかった。

「ねえ、あれってどこかにつながってるの?」

「外に出て、はしごで下りられるようになってるの」

「なんでそんなのがあるの?」

「知らない。おもしろいからじゃない? ケルーノが作ったの」

 なんとなく納得してしまった。ちょうどよく「ビビ、おいで」とケルーノが姿を見せる。

「はあい」と答えたあと、ビビはニィカに強気な笑みをむけた。

「待ってて、ニィカ。ぜったいスイのやつを謝らせるから」


 ひとりになったニィカは、開いたままの抜け道をのぞきこんでみた。這って進めるくらいの高さがある。二階の床と一階の天井のあいだのようだ。

 少しほこりっぽいにおい。白い光が筋になって射しこんでいて、思っていたほど暗くはなかった。光の源に首をめぐらせる。きっと、あそこから外に出られるのだろう。

 行ってみようかとちらりと考えたが、やめておくことにした。


 頭を上げてとびらをバタンと閉める。もとのように藁をかぶせて布をかける。

 もしかしたら、ほかにも抜け道になっているベッドがあるのかな。

 ニィカはベッドをひとつひとつ調べはじめる。固いものが手にふれた。手のひらにおさまるくらいの大きさ。藁のなかからとりだしてみると木彫りの猫だった。まるみのある柱に顔と脚をあさく彫り入れたような単純なかたちで、色もぬられていない。

 それをベッドのそばに転がしておいて、ニィカは抜け道さがしにもどった。


 ケルーノが呼びに来たときにニィカが引っぱりだしていたのは、木彫りの猫のほか、くしゃくしゃの衣服が一枚、かちかちにひからびたパンが一切れ。

「そんなに藁まみれになって、いいものは見つかった?」

 からかうような口調のケルーノ。

「……まあまあってとこ」

 なんとなくきまり悪くなったのを押しかくして、精いっぱいおとなびた答えをかえす。

「まずごはんにしよう。おなかすいちゃったよ」

「う、うん」


 部屋を出ようとしたとき、ケルーノがニィカを見下ろしてくすりと笑った。

「そのままだと、キミのお皿にだけサラダが増えるよ」

 彼はかがみこんでそっと腕を伸ばし、ニィカの髪についた藁をはらった。

「……うん、これでいい」

「ありがとう」

 ケルーノがニィカの目をのぞきこんだ。

「ねえ、スイとなかよくしたい?」

 唐突な質問に目をぱちくりさせた。それからゆっくりと返すこたえを考える。

「ええっと……、うん、どっちかって言うと。今みたいに、よくわからないのに避けられるままなのは、いや」

 オリーブ色の目がやわらいだ。

「うん、わかった」


「ケルーノ、こんどは飛び下りないでよ!」

 クスートの声が響き、ケルーノは「ちぇー」と口をとがらせながらも素直にはしごに足をかけた。

 ニィカもそれに続いて階下へ下りる。

「キミなら飛び下りてもいいんじゃない?」とケルーノがいかにも名案そうに提案してきた。

 すかさず「ダメにきまってるでしょ!」とマルシャがさけんでくれて、ニィカは心からほっとした。


「ニィカ、こっち!」とビビの声がした。

 さそわれるままに彼女のとなりの椅子にすわる。テーブルを見渡してスイをさがした。

 彼はニィカから見て左ななめ前にいた。食べ物をにらみつけるようにして一心に口を動かしている。ニィカを見ないようにしているのが、ありありとわかった。

 ニィカはスイをじろじろ見つめないよう気をつけて、べたべたした茶色っぽいおかゆを食べた。

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