38. 喧噪
階下のさわがしさに目を覚ました。
眠い目をこすり、はしごに手をかける。
「あやまんなさいよ、スイ!」
怒気をいっぱいにはらんだ声。名前は、たしかビビといった。
彼女と向かい合っているのは、ニィカと同じくらいの年の男の子だった。やせた裸の上半身に、今にも泣きそうな顔。足下にはシャツと思われる布がくしゃっと落ちている。
「だ、だって……」
言いかけて彼ははっとニィカを見上げた。そのおびえた表情には見覚えがあった。
「……いやだ、来ないで!」
高くうわずった声。ビビも彼の視線のさきを追ってニィカの姿に気づく。ふたたびスイに向き直ったその顔は怒りに紅潮していた。
「スイのばか!」
まわりの子供たちが止める間もなかった。頬を張る高い音が響く。何人かの体がびくりとこわばった。
「ビ、ビビ、やめろ!」
再び振り上げられたビビの手首をクスートがつかまえた。
「はなしてよっ」
ビビが暴れ、足を蹴りだす。スイはとっさに飛びのいた。
「スイは離れてろ! だれか、ケルーノ起こして!」
いちばん寝室に近いのは、はしごの中ほどで呆然としていたニィカだ。「行ってくる!」とさけび、はしごを駆け上がった。
まだ何人かの子供たちがすやすやと寝息を立てている。
ケルーノはいちばん奥のベッドで、横むきに体を丸めて眠っていた。
「ねえ、起きて!」
肩をゆさぶる。「ううん……」と返事ともつかないうめき声が返ってきた。
「ケルーノ、起きてってば! ビビとスイがケンカしてるの!」
ぱちりとオリーブ色の瞳が開いた。
「……ケンカ?」
ケルーノはとびらを開け、「キミはそっちから下りて」とはしごを指した。
「う、うん!」
足を踏み出しかけたところで彼のことばに違和感をおぼえる。振りかえると、ケルーノは一階を見下ろすようにしつらえてある柵の上にひらりと飛び乗ったところだった。
「よけて!」
一声叫び、彼はそのまま猫のように跳んだ。大きなテーブルの上に着地し、そのままの勢いで肩から転がる。テーブルについた腕がしなやかに伸びて、手のひらがテーブルから離れた。ケルーノの体が再び宙に浮く。くるりと体をひねり、ほとんど音もなく床に降り立つ。
しん、と静まり返ったのはほんの一瞬で、子供たちは我先にと口をひらいた。
「ビビがスイぶった!」
「スイがシャツ着ないから!」
「ちがうもん! スイがニィカのこと……!」
「ほら、静かに」
場を諌めたのはクスートだった。「ケルーノ。スイとビビがケンカしたんだ」と説明する。
「うん、聞いたよ。ひとりずつ、上でボクに話してくれる?」
ほっとした顔をしてうなずいたビビとは対照的に、スイは浮かない顔でうつむいた。
「……上は、あの子がいるからやだ……」
「まだそんなこと言ってるの!?」
ビビが声を荒げる。ケルーノはしばらくスイを見つめ、「わかった」と声をあげた。
「スイの話は男の子の部屋で聞くよ。ビビは上で、ニィカと待ってて」
スイの首がこくりと動いた。そんな彼を険のある目でにらみ、ビビはさっさとはしごを上る。
「ほかのみんなは、朝ごはんだ」
ケルーノはそのことばを最後に、スイを連れて部屋へ入った。