34. 針仕事
それからはあらためてこどもたちの名前を紹介してもらい、おしゃべりをしながら針仕事にかかった。
破れた衣服につぎをあて、ほつれを縫い直す。父アロアから教わった糸と布のあつかいかたは体にしみついていた。
「すごい、それならいくら跳ねまわったって平気そう」
くっつけた袖を見て、となりで手を動かしていたビビが目をみはる。
「前に、パパから教えてもらったの」
何気なく出たことばに、ビビはまじまじとニィカを見つめた。
「ねえ……、パパって、こわい人じゃないの?」
ニィカは一瞬だけぽかんと彼女を見返し、あわてて首をふった。
「ぜんぜん。怖くなんてないし、パパはすっごくやさしくて、それに……」
じぶんでも気付かないうちに涙がひとつぶ転がり落ちていた。「ニィカ?」と心配そうにたずねる声が聞こえる。
ニィカはうつむいて首を横にふった。
「……パパ、もういない……」
唇から出たその言葉が耳に入り、突きつけられる。ほおを伝うなみだは滴り落ちるまでには冷えきっていた。
温かな腕が包みこむようにニィカを抱きしめた。
「ニィカ、ごめんね……」
ビビの服をぎゅっと握りしめ、ニィカは両親を呼びながら嗚咽を漏らした。
しゃくりあげながらも目をこすり、ビビの顔が見えるようになる。
「……ごめんなさい」
ビビは首をふって、ニィカを抱く腕に力をこめた。
「……そっか、それでニィカはここに来たんだ」
小さなつぶやきを聞き返す間もなく、ビビは「だいじょうぶ? ほら、顔ふいて。布はいっぱいあるんだから」と笑った。
ニィカは「うん」と手近の布のはしでごしごしと目元をぬぐった。
いくぶんか赤くなった目で繕い物をつづけていると、とびらががちゃりと開いた。
「夕飯のしたく、手伝ってくれる?」
マルシャに従い、裁縫道具を片付けて台所へとむかう。ひたすらにかぶの汚れを落とし、鉢がいっぱいになるまで葉と根をきざんで盛りあげた。
なべがうすく湯気を上げはじめるころ、「ただいま!」と元気のよい声とともに小さなとびらが開く。
知らない男の子たちが何人も入ってきた。
「はい、おかえり。ごはんができるまでに手を拭いてね」
マルシャが振りかえって彼らに告げる。
「ケルーノは?」
聞き覚えのある声。アーロスも帰ってきていた。
「まだみたい。そのうち帰ってくるでしょ」
なべをかき回しながらマルシャがこたえる。
「そろそろいいかな。ニィカ、よそったお皿をテーブルに運んでくれる?」
「うん」
木の四角い盆に器をならべ、すり足で進む。前のほうで人の足が後ずさるのが見えた。
顔を上げると、ニィカと同じ年くらいの知らない男の子のすがた。彼はおびえたように視線を泳がせて、左側の男の子の部屋へと足音を立てて入っていった。
バタン、と乱暴にとびらが閉められる。子供たちの目が集まった。
「スイ、どうかしたの?」
ビビが帰ってきた男の子たちに聞く。彼らはめいめい「さあ?」と首をかたむけるばかりだった。
「呼んでくるよ」と年上の少年、クスートが部屋へむかう。
ちらちらととびらに目をやりながらも、夕食の支度がととのった。