33. 壁の穴
「ところで、ニィカはなにかできる?」
栗色の髪の少女がニィカのむかいにすわる。ニィカはすこし首をかしげた。
「えっとね、ここでは、みんなができることをちょっとずつやるの。男の子は外に出てネズミ捕りとかえんとつそうじ、女の子は家のなかのことや小さい子のお世話をすることが多いかな。ニィカはどうしたい?」
「おさいほうは? それなら得意なの」
すこし考えてから出てきたニィカの答えに、少女はぱあっと表情を明るくした。
「ちょうどよかった。毎日だれかがどこかを破いて帰ってくるからね、覚悟してて」
おどけた口調につられてニィカも顔をほころばせる。「うん」とうなずきかけて、彼女の名前をよぼうとすこし迷った。
「えーと……、名前はなんていうの?」
「わたし? マルシャ」
よろしくね、と栗色の髪のマルシャが手をのばす。ニィカはその手のひらを握った。
スープを食べ終えたあとに家のなかを案内してもらった。とはいえ、それほどひろい家ではない。
外から入ってすぐの、大きなテーブルのある部屋をまんなかにして、右側が女の子の部屋、左側が男の子の部屋。仕事に使うものをまとめているらしい。
二階にはとびらが五つならんでいる。
「どこから入ってもおなじだけどね。いちばん奥のほかは」とマルシャは言った。
はしごを上って二つめのとびらを開けて、その意味がわかった。左右のかべに大きな穴があけられていて、部屋と部屋のあいだを行き来できるようになっている。部屋のなかにはこんもりとした布のかたまりがいくつもあった。
「びっくりした? ここは寝る部屋。だれがどこで寝るか決まってるわけじゃないから、好きに使って」
「この穴、どうしたの?」
「ケルーノがあけたの。寝るときはみんなといっしょじゃないとさみしいからって」
ニィカはますます目をまるくした。さっきから聞くケルーノというひとは、いったい何者なんだろう。
壁の穴をくぐり、階段からかぞえて四つめのとびらから出る。最後のとびらを指さして訊いてみた。
「この部屋はなに?」
「ケルーノの仕事部屋。あぶないものがいっぱいあるから、勝手に入っちゃいけないところ」
「あぶないものって?」
マルシャは意味ありげに「ひみつ」と笑った。興味をひかれたニィカはとびらのすきまをさりげなくのぞこうとする。
「あれ、きょうはなにも聞こえない?」
マルシャも近づき、とびらに耳をくっつける。
「なにもって? なにか聞こえるの?」
しぐさでニィカに静かにするように合図し、マルシャは声を落とした。
ニィカはどきどきとマルシャの口の動きを見つめる。
「うん、いつもはね、こうして耳をすますと――」
マルシャは視線をとびらのむこうへとすべらせる。
ニィカは耳を強くとびらに押しつけて、息すらもひそめる。
とつぜん、背後でおたけびが爆ぜた。
「ガオオオォォォッ!」
ニィカは悲鳴をあげてマルシャにとびつく。びっくりしすぎて心臓はのどの辺りまで上がってきているし、なみだまで勝手に漏れ出そうになる。
「ごめんごめん、ちょっとやりすぎたな」
その声に、ニィカはマルシャに抱きついたまま振りかえった。年長の少年がしゃがんで笑いかけている。
「……ひどい!」
いたずらだったんだ、と察してニィカはなみだの引いた赤い目で彼をにらんだ。それからすぐに首をもどし、「……マルシャも?」と口をとがらせる。
「ごめんね」とくすくす笑いながらの返事があった。
ほおをふくらませ、不服をからだいっぱいで表現して、ニィカはふたりを交互に見た。
「どこからうそなの?」
「中に入っちゃいけないのは、ほんと」
「中になにかがいるってのは、うそだな」
マルシャと少年がかわるがわる答える。そのあとに「まあ、ケルーノがなにか拾ってきてなければ、だけど」と少年は肩をすくめた。
「えっと……、ケルーノって、ずいぶん変わった人なの?」
おずおずとニィカが尋ねると、ふたりは「その通り」と声をそろえた。