表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ニィカ!  作者: 稲見晶
第二章 塀の町イセファー
33/115

33. 壁の穴

「ところで、ニィカはなにかできる?」

 栗色の髪の少女がニィカのむかいにすわる。ニィカはすこし首をかしげた。

「えっとね、ここでは、みんなができることをちょっとずつやるの。男の子は外に出てネズミ捕りとかえんとつそうじ、女の子は家のなかのことや小さい子のお世話をすることが多いかな。ニィカはどうしたい?」

「おさいほうは? それなら得意なの」

 すこし考えてから出てきたニィカの答えに、少女はぱあっと表情を明るくした。

「ちょうどよかった。毎日だれかがどこかを破いて帰ってくるからね、覚悟してて」

 おどけた口調につられてニィカも顔をほころばせる。「うん」とうなずきかけて、彼女の名前をよぼうとすこし迷った。

「えーと……、名前はなんていうの?」

「わたし? マルシャ」

 よろしくね、と栗色の髪のマルシャが手をのばす。ニィカはその手のひらを握った。


 スープを食べ終えたあとに家のなかを案内してもらった。とはいえ、それほどひろい家ではない。

 外から入ってすぐの、大きなテーブルのある部屋をまんなかにして、右側が女の子の部屋、左側が男の子の部屋。仕事に使うものをまとめているらしい。

 二階にはとびらが五つならんでいる。

「どこから入ってもおなじだけどね。いちばん奥のほかは」とマルシャは言った。

 はしごを上って二つめのとびらを開けて、その意味がわかった。左右のかべに大きな穴があけられていて、部屋と部屋のあいだを行き来できるようになっている。部屋のなかにはこんもりとした布のかたまりがいくつもあった。

「びっくりした? ここは寝る部屋。だれがどこで寝るか決まってるわけじゃないから、好きに使って」

「この穴、どうしたの?」

「ケルーノがあけたの。寝るときはみんなといっしょじゃないとさみしいからって」

 ニィカはますます目をまるくした。さっきから聞くケルーノというひとは、いったい何者なんだろう。


 壁の穴をくぐり、階段からかぞえて四つめのとびらから出る。最後のとびらを指さして訊いてみた。

「この部屋はなに?」

「ケルーノの仕事部屋。あぶないものがいっぱいあるから、勝手に入っちゃいけないところ」

「あぶないものって?」

 マルシャは意味ありげに「ひみつ」と笑った。興味をひかれたニィカはとびらのすきまをさりげなくのぞこうとする。


「あれ、きょうはなにも聞こえない?」

 マルシャも近づき、とびらに耳をくっつける。

「なにもって? なにか聞こえるの?」

 しぐさでニィカに静かにするように合図し、マルシャは声を落とした。


 ニィカはどきどきとマルシャの口の動きを見つめる。

「うん、いつもはね、こうして耳をすますと――」


 マルシャは視線をとびらのむこうへとすべらせる。

 ニィカは耳を強くとびらに押しつけて、息すらもひそめる。

 

 とつぜん、背後でおたけびが爆ぜた。

「ガオオオォォォッ!」

 ニィカは悲鳴をあげてマルシャにとびつく。びっくりしすぎて心臓はのどの辺りまで上がってきているし、なみだまで勝手に漏れ出そうになる。


「ごめんごめん、ちょっとやりすぎたな」

 その声に、ニィカはマルシャに抱きついたまま振りかえった。年長の少年がしゃがんで笑いかけている。

「……ひどい!」

 いたずらだったんだ、と察してニィカはなみだの引いた赤い目で彼をにらんだ。それからすぐに首をもどし、「……マルシャも?」と口をとがらせる。

「ごめんね」とくすくす笑いながらの返事があった。


 ほおをふくらませ、不服をからだいっぱいで表現して、ニィカはふたりを交互に見た。

「どこからうそなの?」

「中に入っちゃいけないのは、ほんと」

「中になにかがいるってのは、うそだな」

 マルシャと少年がかわるがわる答える。そのあとに「まあ、ケルーノがなにか拾ってきてなければ、だけど」と少年は肩をすくめた。

「えっと……、ケルーノって、ずいぶん変わった人なの?」

 おずおずとニィカが尋ねると、ふたりは「その通り」と声をそろえた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ