32. おいのり
「ニィカ、ほら、こっち」
声のしたほうを見ると、おたまを手にした栗色の髪の少女が木の器を大きなテーブルに置くところだった。次いで大きなパンを切り分けてくれる。
横からひょい、と手がのびてその一切れをさらっていった。
「あっ、こら、アーロス!」
「ネズミ捕りのつづき行ってくる!」
アーロスはパンをむりやり口につめこみ、小さなとびらから駆けだした。
「ごめんね。……まったくアーロスってば」
少女はもうひときれパンを切ってニィカの目の前に置いた。
「……ありがとう」
ニィカは椅子にすわり、器をのぞきこむ。つぶした豆でとろりとにごったスープが入っていた。
「ぱいーざ ぶりーずぃ」
修道院でならった、食前の祈りをとなえる。テーブルのまわりでニィカを見守っていたこどもたちが意外そうにまたたいた。
「なあに、それ?」
「あたし知ってる! おいのりっていうんでしょ」
「ねえ、ニィカって「いいとこ」の子なの?」
小さな男の子が、テーブルに小さな手をかけて背伸びをし、青く澄んだ目でニィカの顔をのぞきこもうとする。
ニィカは器にのばしかけていた手を止めて目をふせた。
ふかふかできれいな織物に囲まれた、両親とのあたたかな暮らし。不自由で寂しいけれど、じぶんだけの部屋が与えられ、困窮することもない修道院での暮らし。
無邪気な質問にうなずくことも首を横にふることもできなかった。
「……詮索はなしって約束だろ、ルーヴェ」
集まっているなかでは年長の少年がたしなめるように言う。ルーヴェとよばれた幼い男の子は「ごめんなさい」とうつむいた。
「ニィカ、気にしないで。ここにいる限り、ぼくたちはみんな、ただのこどもだよ」
「……うん」
少年の言葉に、ニィカはすこし笑ってみせた。
用意してもらったスープを飲む。小さくきざんだ野菜が底に沈んでいた。
「おいしい」
「ほんと? よかった」
スープを注いでくれた少女が、ニィカの表情を見てほっとしたように笑う。
スープを食べながら、ようやくまわりを見る余裕ができた。
男の子が二人に、女の子が三人。と思いかけて、奥の柱のかげからこちらを見ている女の子がいるのに気付いた。目を合わせると、その子はさっとかくれてしまう。
スープを注いでくれた栗色の髪の少女が「ああ、あの子はタラよ。ちょっと人見知りで……」と教えてくれた。
「この家にはこどもしかいないの?」
そうたずねると、比較的年上の子供たちがいっせいに「うーん……」とうなった。
「そうとも言えるし、ちがうとも言えるし……」
栗色の髪の少女が首をひねる。
「ふつうに考えればケルーノは大人じゃない?」
ビビが窓に背をもたせかける。
「ぼくたちの中のだれよりこどもっぽいけどね」
さっきルーヴェを叱った少年が肩をすくめる。
「ねえ、そのケルーノってひと……」
さらに尋ねようとすると、からん、と音が聞こえた。おたまがなべの中に戻される音だった。
「大きくてとびっきりのイタズラっ子がいるの。夕方には帰ってくるはず」
「ケルーノにいちゃん、かえってきたの?」
サラが声をはずませる。
「もう少しで帰ってくるからな。それまではクスートにいちゃんとあそぼうな」
年長の少年、クスートがサラを抱きあげると、幼いサラはきゃっきゃと笑い声をあげた。