31. 子供の家
アーロスのあっけらかんとした態度に、ニィカはおそるおそる床下から這い出した。
「うわ、ボロボロだな、おまえ」
言われてじぶんの姿を見下ろすと、すすやほこり、それに土で、服も体もひどいありさまだった。
ただ、一方のアーロスも、着ているものはぶかぶかの靴に負けず劣らず古びたものばかりだ。つぎはぎがあちこち縫われていて、長すぎるそでやすそを紐でくくっている。
「人のこと言えないじゃない」
ニィカはむっとして言いかえす。
「しょうがねえだろ、これしか手に入らねえんだから。行くぞ」
歩きだそうとするアーロスに、ニィカはあわてて呼びかける。
「……ま、待って」
「なんだよ?」
「あたしのこと、さがしてる人がいるの。見つかったらたいへん」
「そいつ、大人?」
ニィカは「うん」とうなずく。
「よそもの?」
ふたたびこくりと首を縦にふる。アーロスはにやりと笑った。
「なら、絶対だいじょうぶだ。子供は抜け道を探す天才なんだって、ケルーノが言ってた」
「だれ、それ?」
「オレたちの、リーダー……じゃねえな、なんだろな? まあ、夕方には会えると思うぜ」
アーロスはニィカの前に立って歩きだす。すこし迷って、ニィカは彼についていくことにした。
アーロスは先ほどネズミ捕りを仕掛けた建物に入る。大きな袋がいっぱいに積み上げられている。その左側の壁の羽目板をはずすと、隣家に直につながっていた。
そこをくぐり、今度は窓から外へ。となりの建物との間隔はせまく、人ひとりがようやく通れるかといったところだ。
その後も塀をつたい、生け垣の穴をくぐる。途中で人家に立ち入った。
アーロスは住人に捕まえたネズミをわたし、引き換えにいくらかの青銅貨を受けとる。そのまま家の中を横切って、別のとびらから外に出る。
それからもよじのぼったり飛び移ったり、縦横に広がる迷路のような道をすすんだりして、ニィカがどこをどう進んできたのかもわからなくなるころ、ようやくふたりは一軒の家にたどり着いた。
そこについているとびらは、普通のおよそ半分ほどの大きさしかない。ニィカやアーロスもかがまなければ入れない高さだ。
アーロスはとびらを軽くたたく。
「だあれ?」と幼い声が聞こえた。
「アーロス。あと、新入りを連れてきたぜ」
その返答に「おかえり、アーロスにいちゃん!」ととびらが勢いよく開いた。五歳くらいの小さな女の子だ。アーロスと同じようにぼろぼろの服を着ている。その子はとびらをくぐり、ぎゅっとアーロスの腰にとびついた。
「おかえり、アーロス」
「あれ、新しい子?」
家のおくから続々と子どもたちの声がする。ニィカはぽかんと口をあけた。
とびらを開けた子は、アーロスに抱きついたままニィカをじっと見上げた。
「おねえちゃん、だあれ?」
「……ニィカ」
無邪気な瞳に、正直に名前を教えていた。
「ニィカねえちゃん!」
女の子がぱあっと顔をかがやかせる。
「へえ、おまえニィカっていうのか」
アーロスはあらためてニィカの顔をじっと見つめた。ニィカはこれまで名乗っていなかった後ろめたさに、目を床に落とした。
「ま、いいや。サラ、なんか食いもん残ってるか?」
「にいちゃん、あさもいっぱい食べてったのに」
「食い扶持はじぶんで稼げよ」
家のなかから、口々にからかいが発せられる。アーロスは腰をかがめて「ちげえよ、ニィカのだよ」と応酬した。
「おねえちゃん、おなかすいてるの?」
とつぜんに質問をむけられ、ニィカはたじろぎながらも「うん」とうなずく。
「あのね、ごはんね、あたしもおてつだいしたの!」
サラという名らしい女の子は、アーロスのそばを離れるとニィカの手をにぎった。
サラにつれられ、身をかがめながら家のなかに入るニィカ。室内の天井は、ほかの一般的な家と同じ程度に高かった。
さっき口々に話していた子どもたちの瞳がニィカを追いかける。十人には足らないくらいで、どちらかというと女の子が多いように見えた。
ニィカを取りかこむ好奇心が口からとびだす。
「ニィカっていうの? わたしはビビ」
「きょうは豆もパンもあるんだ。いいときに来たな」
「頭のそれ、なに? 青くてきれいなの」
口々に話しかけられ、ニィカはどこから答えようかと口をぱくぱくさせる。これまで同じ年ごろのこどもと接する機会はめったになかった。
すぐ後ろについてきたアーロスが、腕をふって質問を遠ざける。
「おまえら、訊くのはひとりずつにしろよ。それに、話すより食うのが先だろ」
「アーロスってば、えらそーに」
ビビと名乗った少女が腰に手をあててふん、と鼻を鳴らした。