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ニィカ!  作者: 稲見晶
第二章 塀の町イセファー
31/115

31. 子供の家

 アーロスのあっけらかんとした態度に、ニィカはおそるおそる床下から這い出した。

「うわ、ボロボロだな、おまえ」

 言われてじぶんの姿を見下ろすと、すすやほこり、それに土で、服も体もひどいありさまだった。

 ただ、一方のアーロスも、着ているものはぶかぶかの靴に負けず劣らず古びたものばかりだ。つぎはぎがあちこち縫われていて、長すぎるそでやすそを紐でくくっている。

「人のこと言えないじゃない」

 ニィカはむっとして言いかえす。

「しょうがねえだろ、これしか手に入らねえんだから。行くぞ」


 歩きだそうとするアーロスに、ニィカはあわてて呼びかける。

「……ま、待って」

「なんだよ?」

「あたしのこと、さがしてる人がいるの。見つかったらたいへん」

「そいつ、大人?」

 ニィカは「うん」とうなずく。

「よそもの?」

 ふたたびこくりと首を縦にふる。アーロスはにやりと笑った。

「なら、絶対だいじょうぶだ。子供は抜け道を探す天才なんだって、ケルーノが言ってた」

「だれ、それ?」

「オレたちの、リーダー……じゃねえな、なんだろな? まあ、夕方には会えると思うぜ」

 アーロスはニィカの前に立って歩きだす。すこし迷って、ニィカは彼についていくことにした。


 アーロスは先ほどネズミ捕りを仕掛けた建物に入る。大きな袋がいっぱいに積み上げられている。その左側の壁の羽目板をはずすと、隣家に直につながっていた。

 そこをくぐり、今度は窓から外へ。となりの建物との間隔はせまく、人ひとりがようやく通れるかといったところだ。


 その後も塀をつたい、生け垣の穴をくぐる。途中で人家に立ち入った。

 アーロスは住人に捕まえたネズミをわたし、引き換えにいくらかの青銅貨を受けとる。そのまま家の中を横切って、別のとびらから外に出る。


 それからもよじのぼったり飛び移ったり、縦横に広がる迷路のような道をすすんだりして、ニィカがどこをどう進んできたのかもわからなくなるころ、ようやくふたりは一軒の家にたどり着いた。

 そこについているとびらは、普通のおよそ半分ほどの大きさしかない。ニィカやアーロスもかがまなければ入れない高さだ。


 アーロスはとびらを軽くたたく。

「だあれ?」と幼い声が聞こえた。

「アーロス。あと、新入りを連れてきたぜ」

 その返答に「おかえり、アーロスにいちゃん!」ととびらが勢いよく開いた。五歳くらいの小さな女の子だ。アーロスと同じようにぼろぼろの服を着ている。その子はとびらをくぐり、ぎゅっとアーロスの腰にとびついた。

「おかえり、アーロス」

「あれ、新しい子?」

 家のおくから続々と子どもたちの声がする。ニィカはぽかんと口をあけた。


 とびらを開けた子は、アーロスに抱きついたままニィカをじっと見上げた。

「おねえちゃん、だあれ?」

「……ニィカ」

 無邪気な瞳に、正直に名前を教えていた。

「ニィカねえちゃん!」

 女の子がぱあっと顔をかがやかせる。

「へえ、おまえニィカっていうのか」

 アーロスはあらためてニィカの顔をじっと見つめた。ニィカはこれまで名乗っていなかった後ろめたさに、目を床に落とした。

「ま、いいや。サラ、なんか食いもん残ってるか?」

「にいちゃん、あさもいっぱい食べてったのに」

「食い扶持はじぶんで稼げよ」

 家のなかから、口々にからかいが発せられる。アーロスは腰をかがめて「ちげえよ、ニィカのだよ」と応酬した。


「おねえちゃん、おなかすいてるの?」

 とつぜんに質問をむけられ、ニィカはたじろぎながらも「うん」とうなずく。

「あのね、ごはんね、あたしもおてつだいしたの!」

 サラという名らしい女の子は、アーロスのそばを離れるとニィカの手をにぎった。


 サラにつれられ、身をかがめながら家のなかに入るニィカ。室内の天井は、ほかの一般的な家と同じ程度に高かった。

 さっき口々に話していた子どもたちの瞳がニィカを追いかける。十人には足らないくらいで、どちらかというと女の子が多いように見えた。


 ニィカを取りかこむ好奇心が口からとびだす。

「ニィカっていうの? わたしはビビ」

「きょうは豆もパンもあるんだ。いいときに来たな」

「頭のそれ、なに? 青くてきれいなの」

 口々に話しかけられ、ニィカはどこから答えようかと口をぱくぱくさせる。これまで同じ年ごろのこどもと接する機会はめったになかった。

 すぐ後ろについてきたアーロスが、腕をふって質問を遠ざける。

「おまえら、訊くのはひとりずつにしろよ。それに、話すより食うのが先だろ」

「アーロスってば、えらそーに」

 ビビと名乗った少女が腰に手をあててふん、と鼻を鳴らした。

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