30. ネズミ捕り
あたりが明るくなっているのに気づき、ニィカは目をあけた。横たわった体勢のままで床下にいた。
これからどうしよう、と考えをめぐらせる。
第二兵隊の、赤いマントを身につけた騎士に会わないといけないのはわかっている。でも、あの少し変わった喋りかたをするドルジャッドの兵士に見つかったらおしまいだ。
ニィカはじぶんを逃がしてくれた騎士のことを思いだす。無事でいてくれますように、とお祈りをした。
きっと騎士さんたちもあたしをさがしてくれているはず。ニィカはそう考えて、まだしばらくはこの場を動かないことに決めた。
じわじわと気温が上がってくる。ニィカは手のひらで顔の汗をぬぐいながら、体に上ってくる虫を払いながら、それでも床下にいつづけた。
さく、さく。足音がして、ニィカは息をひそめた。だいじょうぶ、ドルジャッドの兵士じゃないかもしれないし、そうだとしてもこっちには気付かないはず。
心臓の音が外に聞こえそうなほどに大きくなる。
足音は路地に入り、どんどんニィカのほうへ近づいてきた。その響きはずいぶんと軽い。少なくとも、鎧を着込んだ人ではなさそうだ。少しだけ胸が落ちついた。
床下からその足が見えるようになった。左右でちがうぼろぼろの靴。足首の細さは靴の大きさにまるで合っていない。
ぶかぶかの靴を履いたその人は、ニィカの目の前で立ち止まった。ドルジャッドの兵士には見えないが、第二兵隊の騎士でないことも明らかだ。
ニィカはその足をきつくにらみつけて、どこかへ去ってくれるよう願った。
足首が曲がる。手のひらが下りてきて地面につく。土のついた小さな手だった。
「よいしょっ」
床下に頭が入りこむ。ニィカは悲鳴をあげかけ、両手で口を強く押さえた。
闖入者の目が、ニィカの琥珀色の瞳を見る。ニィカといくつも年のちがわない、少年だった。
「おい、今日はオレの当番だろ?」
少年は当然のようにそう言った。
「……え?」
目をぱちくりさせるニィカをまじまじと見て、少年は「あれ?」と首をかしげる。
「……えーと、おまえ……、だれ?」
ニィカが答えられずにいると、少年はふたたび口をひらいた。
「オレ、アーロス。床下のネズミ捕りに来たんだけど……。おまえも?」
「ううん……」
ニィカは弱々しく答える。
「じゃ、ちょっと出てくんねえ? 罠取りかえるんだ」
「やだ……」
アーロスと名乗った少年はニィカの返答に「はあ?」と眉を上げる。
「……おまえ、なんでこんなとこにいんの?」
かたくなに口をつぐむニィカ。「あー……」とアーロスはうなり、それから「うん」とうなずいた。
「なら、奥のほうに罠があるから、それ持ってきてくれねえ?」
ニィカは「わかった」と小声で答えた。
ニィカは床下を這って進む。ひざはまだずきずきと痛んだが、傷口はふさがっていた。
目をこらすと、木とバネで作った罠が五個ほどしかけられている。その中の三つにはネズミがかかり、まだぴくぴくと足先を動かしていた。
ネズミに触れないように慎重に、ニィカはそれをアーロスに渡した。
「ありがとな。じゃ、次はこれ置いてきてくれるか? 気をつけてな」
手渡された罠を置いてもどってくると、少年はニッと笑った。
「よし、今度はオレがおまえを手伝う番だな。もし行き場がないとか、悪い大人にこまってるとかなら、力になれると思うぜ」
ニィカはそのことばに目を見張った。
「出てこいよ。食いもんと雨風しのぐ屋根くらいはあるからさ」
子供専用だけどな、とアーロスはいたずらっぽい笑みをニィカに見せた。