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ニィカ!  作者: 稲見晶
第二章 塀の町イセファー
29/115

29. 吐息と鼓動

なれがリヒティアの切り札であるな」

 年配の男の声だった。ニィカはあわてて振り返り、彼を見上げる。夜の暗さに、その顔は見えなかった。

「汝には手荒なことをする心算は無い。大人しく此方へ来るがよい」

 その男が歩をすすめると、がちゃりと金属音が鳴った。

「ド……、ドルジャッドの……」

 ニィカをつれて走っていた騎士が左肩を押さえて身を起こす。息を荒げながらも、ニィカを半身にかばうように男の前に立ちはだかった。


 騎士はだらりとした左腕を押しのけるように腰に手を伸ばし、剣を抜く。

 歯のあいだからゆっくりと息を吐き出し、「ニィカさん」と呼ぶ。

 ニィカは一度びくりとして、首だけを動かして返答がわりにした。

「逃げてください。夜のうちに、できるだけ身を隠していてください」

 戸惑ったまま足を動かそうとしないニィカにむかって、騎士は続けた。

「僕ではせいぜい、時間かせぎにしかなれません。……早く!」

 ニィカは自分の足の動きをたしかめるかのように、その場で右足を上げ、下ろした。

「……ごめん、なさい……」

 かすれた声でつぶやき、ドルジャッドの男と第二兵隊の騎士に背をむけて、痛むひざもかまわず暗い道の先へと駆け出した。


 背後で刃のぶつかり合う音や斬りかかる重い覇気の声が闇に響く。しばらくも走らないうちに、断末魔のうめきが聞こえたような気がした。

 ニィカは見知らぬ道を曲がり、物音や話し声を避けつづける。


 いつのまにか細い袋小路へ入りこんでいた。行き止まりに気づき、きびすを返そうとしたところで金属音のまじる足音を聞きつける。

「捕らえたか」

「いや……。ただ、遠くはなかろう」

 ニィカは路地の脇の建物にぴたりと背をつけた。ゆっくりと腰を下ろしてできるだけ身をちぢめる。息や声が漏れ聞こえないよう、じぶんの手で口をかたくふさいだ。

 きょろきょろと目を動かしてようすを探る。向かいに見える建物の下側が、まわりにも増して暗い。路地の入り口近くにいる男たちの注目を引かないうちに、とニィカは忍び足でその建物へと歩きだす。その足がぱき、と地面に落ちていた陶器を踏んだ。

「……此方か!?」

 鋭い音を聞きつけ、どたどたと二人の男が路地へ駆け入る。ニィカは建物の足下で息を殺した。

 男たちは建物の壁をたたきながら、袋小路を一度往復した。鉄板のような靴底が蹴った砂がニィカの顔に飛んできた。ニィカはぎゅっと目をつぶり、礎石さながらにじっとしていた。


「……おらぬか」

「逃げ隠れる場所も見当たらぬ。他を捜すとしよう」

 二人の男が立ち去る。ニィカは建物の床下に入りこみ、胸と口とを押さえて横向きに身を丸めていた。

 足音がすっかり聞こえなくなってから、はあ、はあ、と息をつく。

 顔は路地のほうへ向けている。下になっている耳に、じっとりと冷たい土がさわる。


 見つからないように、もっと奥に行かなくちゃ。

 ニィカのような子供ならば這って進めそうな高さはあったが、ニィカはケガをしたひざが汚れないよう、横向きのまま身をよじって後退した。

 曲がりなりにも身をひそめる場所が見つかり、ほっとすると同時に眠気が襲ってきた。

 寝たらあぶない、と自分に言い聞かせながらも、まぶたは重くなるばかりだった。

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