28. 炎
思ったとおりに、イセファーに入ってからも状況はかわらなかった。押しこめられている馬車が動いているか止まっているかのちがいだけだ。
国境をこえるための手続きがうまくいかず、ずっと足止めをされていた。ニィカは馬車のそとで交わされる騎士の会話に聞き耳を立てて、そのことを探りとった。
直接訊いても、「もうすぐ進めますよ。心配いりません」とぼかした答えしか返ってこなかったから。
「もうすぐってどのくらい?」と質問をつづけても、くたびれたこどもがぐずっているようにしか受け取ってもらえない。そのことははっきりしていた。
「おはようございます」と起こされ、食事を与えられ、「おやすみなさい」と寝かされる。
眠っていれば時間がたつのが早く感じられる。ニィカは日も沈みきらないうちから、薄暗い馬車の中で夢を見ていた。
いやなにおいがした。バチバチとまわりがうるさい。くるまっていた毛布は暑さにけとばしていた。
馬車のとびらが開いて、数日ぶりに風を感じた。
「ニィカさん!」
騎士が外から手をのばしている。なんだろう、とぼんやりしていると騎士はニィカの両脇をかかえるようにして馬車から引きずり出した。
「どうしたの?」と訊こうとして、のどの痛みに何回かせきこんだ。
騎士はなにも答えずに、ニィカをかかえたまま走り出す。
その場から遠ざかりながらも、馬車の一台が太陽のような明るさで燃えているのが見えた。
もしかしてあたしはまだ眠ってて、これは夢だったりするのかな。
ニィカはまばたきをしながらぼんやりと考える。
「其処か!」
後ろからの声に、走る騎士が舌打ちをする。
「ねえ……」
「黙って!」
ふたたびことを問おうとしたニィカを、騎士の鋭い声がさえぎった。その剣幕にニィカは口をつぐむ。
だんだんと騎士の走る速度が落ちる。
「……は、はしれ、ますか」
息を切らしての問いかけに、ニィカはうなずいた。
騎士はニィカを下ろし、その手をにぎる。
「行きますよ」
短く告げて足を踏みだす。ニィカは引っぱられながら、転びそうになりながら、必死に彼についていった。
夜の風がびゅうびゅうと耳元で鳴る。おさげ髪が急かすように背中をたたいた。
「……ぐあっ……!」
とつぜん、ニィカの手を引いていた騎士が奇妙な声とともに倒れこむ。ニィカは前方に放りだされるように転んだ。
すりむいたひざの痛みをこらえて起きあがる。
「ねえ、ど、どうし——」
騎士はうめき声をあげるばかりだ。
走ってきた方向から、がしゃりがしゃりとけたたましい足音が向かってきた。