27. 馬車の中のニィカ
ニィカ=アロアーラは不機嫌だった。
外に出られないばかりか、景色を見ることもできずに馬車にゆられつづけて。
赤いマントを身につけた騎士が話し相手兼お目付役として、ときどき入れ替わりながらニィカの向かいにすわる。みんな似たようなかっこうの男の人で、顔も名前もおぼえられない。
最初のうちは、旅の行き先についてわからないことをあれこれと尋ねていた。
「ねえ、ロシレイってどんな国なの?」
「……ええと、いいところですよ」
「どんなふうに?」
騎士はこまったような顔をした。
「その、いろんな国から人が集まって、いろいろな研究をしているそうです」
「いろんなって? あたしはそこでなにをするの?」
「ロシレイに行くということは、おそらく学生になるのでしょうね」
「学生ってなに? 修道僧みたいなひとのこと?」
「行けばわかりますよ。心配しなくてもだいじょうぶです」
次に入ってきた騎士に同じようなことを質問しても、返ってくるのは似たりよったりのからっぽな答えだった。
みんな、あたしのことをなんにも知らないこどもだって思ってるんだ。
退屈してしまったニィカは、質問をだんだんとわがままに切りかえた。
外を見たい、お菓子が食べたい、暑い、家に帰りたい、そんなことを気まぐれに言った。心から言っているわけではなくて、ただすこし目の前の人たちを困らせたかっただけだ。
おろおろとニィカのごきげんをとろうとする大人たちに、ほんのちょっぴり気が晴れた。けれどもすぐにまたつまらなくなった。
ニィカがわがままを言うと、騎士たちはますますニィカのことを「こども」としてあつかうようになるのだ。
そのことに気づいてからは、ニィカはもう、騎士が話しかけてくるのにみじかく返事をするほかは、ぶすっとほおをふくらませていた。
それでも騎士たちがニィカを叱ることはなかった。
もしもあたしの中に「特別なもの」がいなかったら、きっとこの人たちはあたしのことなんか、ちっともかまってくれないんだろう。それどころか、あたしはまだパパとママが死んじゃったことも知らずに、家でひとりで留守番をつづけていたかもしれない。
ニィカはじぶんの身を抱くように、ぎゅっと体をちぢめた。
「さあ、もうすぐイセファーですよ。イセファーを出るともうドルジャッドです」
「うん」
「イセファーの町のはしには、すごく高くて長い塀があるんですよ。この国を守るための、だいじな塀です」
話しかけてきた騎士は、腕をひろげて自慢するような明るい声で言った。
「それ、見られる?」
彼はさっと表情をくもらせた。
「いや、……すみません」
たぶんそうだと思っていた。きっとロシレイに着くまではこのまま、狭苦しいところにすわっていないといけないのだろう。
「あまーにぇ にぃか ふれた ざしと ぽとにいた るいーすて」
パパとママから教わった、「特別なもの」をおとなしくさせておくためのおまじないを唱える。
少しだけ、頭のなかがすっきりするような気がした。