25. 森の夜
西日が進行方向からまぶしく騎士たちの目を刺しはじめる。第二兵隊の馬車隊は街道をそれ、森の中へ入った。ギュミルは素知らぬ顔をしながらも、速度を落として慎重に耳をそばだてる。
頃合いを見計らって幌馬車を森へ進める。街道から見咎められない深さに来たところで馬を停めた。
枝ぶりのいい木に登り、弓矢を取り出す。だれかに見つかったならば害獣を退治しにきたと言うつもりだ。
第二兵隊の野営地をさがす。火も焚かないほどにひっそりとしていたため、見つけるまでには時間がかかった。
もっと近づかなければ矢がとどかない。体をかくすように静かに幹をすべり下りる。
少し迷ったが、幌馬車は置いていくことにした。ぎいぎいいう音をニィカに聞かれては厄介だ。
草を踏む自身の足音が、やけに大きく耳にとどいた。騎士たちに聞きつけられないよう、と動きを止めたところで、彼らは自分が護衛をしていることを知っているのだと思いだす。
ニィカが外に出ていないことを確信できるまで息をひそめ、その後は堂々と歩みを進めた。
見張りであろう赤毛の騎士がはっと顔をあげ、腰の剣に手をかける。ギュミルは黙って挙手礼を送った。
騎士の作法にしたがう猟師をいぶかしげに見つめながらも、彼は染みついた動作で挙手礼を返す。その目がみるみるうちに円くなった。
「あっ……!」
ギュミルは慌てて静かにするよう手で合図した。自分はニィカに顔も名前も知られている。ここにいることが知られたら、またうるさくなるだろう。
相手は手をかざしたままこくこくとうなずいた。
野営地のそばの手頃な木にギュミルが軽々と上っていくのを、赤毛の騎士はじっと見ていた。
ギュミルは腰を落ちつけ、彼を手で追い払うような仕草をする。騎士らしからぬ格好はしても、見世物になるつもりはなかった。
樹上から第二兵隊の様子を見下ろす。ひとりひとりの体格がぼんやりと識別できた。昼間であれば顔も判別できるだろう。今は子供の姿がないことがわかれば充分だ。
ギュミルはマントを固く体に巻きつけて気配を殺す。夜が更けるまで軽く休息をとっておこうと目を閉じた。
赤いマントの騎士たちが抑えた声で話しては馬車を出入りするのが聞こえた。
その後もこまぎれに眠っては目を覚まし、朝を迎えた。眼下がにぎやかになるのを感じとる。ギュミルは木の陰に身をかくしながら自分の幌馬車へと戻った。
どれほど気をつけていようと、馬車隊と騎兵は抑えようのない音を出す。蹄や車輪、そして馬の呼吸。
街道の固い地面を多くの馬が踏む。それを聞きつけてギュミルは幌馬車をゆっくりと進めた。
イセファーに近づくにつれ、道は荒れ、人気も少なくなっていく。
それだけに一台一台の馬車が、人の動きがより目立つ。ギュミルは警戒を強めつつも、前方に見える馬車の中の人物から怪しまれないよう注意を払っていた。
今までニィカが車外へ出てきたことはないが、これから先もそうだとは限らない。できる限りの距離をたもち、少しでも近づくことになったときには帽子を深くかぶる。
ときには街道から外れて森のなかを進んだ。木々の間からでも第二兵隊の赤色はあざやかに見えた。