24. 「商人」フリム
開かれた城門。商いのために王都をおとずれた馬車がひっきりなしにすれ違う。蹄の音、物売りの呼び込み、門番の声が重なり、この晴天に拮抗するほどの活気を生んでいる。
街道から城下へ入って間もなく左手に見える、異国の品々や骨董品をあつかう店の前にギュミルは立っていた。常の黒い衣服とは異なり、田舎から出てきた猟師の格好と顔を隠すつば広の帽子で装う。ざらつく麻のマントの下には、愛用の剣に加えて弓矢を忍ばせていた。使い慣れた武器ではないが、不意打ち程度はできるはずだ。
やがて、栗毛の馬が牽く幌馬車が音もなく近づいてきた。その手綱をにぎっているのは、絹の服に身を包みすべての指にきらびやかな指輪をはめた商人ふうの男。
「やあ、お待たせしてしまいましたか」
「かまわない」
彼は御者台を下り、ギュミルに手綱をわたす。
その背後を赤いマントを身につけた騎兵が悠々と通りすぎた。ギュミルと男は同時にそのようすに目を走らせる。
「じゃあ、ロシレイまでしっかり頼みますよ」
「承知した」
「戻ってきたら、道中の土産話を聞かせてもらえますか?」
馬車のなかには一体の甲冑が組み立てられた状態でおさめられている。商人ふうの男は幌の中を覗きこむ。その動作のなかで油断なくあたりの様子をうかがっていた。
「……俺よりも、別の者に訊いたほうがよいと思うがな」
ギュミルと相対している男は答えずに含み笑いを浮かべる。
王国の紋章をかざった馬車の一群、そしてそれを囲む騎兵が門をくぐる。男はその背を見送ってギュミルに目配せをする。
「では、くれぐれもお気をつけて」
かざした右手の人差し指には、宝石をはめた指輪にはさまれて紋章付きの騎士の指輪が光る。ギュミルは御者台に上がり、彼――王国騎士団黒梟隊の一員フリム=リヒテス――を見下ろした。
「ああ」
ギュミルは御者台に上がる。鞭を当てると、馬は不安げに頭を動かしたあとにゆっくりと歩きだした。アルベルトに比べると少し落ち着きがないか。ただ従順な馬ではあるようだ。
第二兵隊の馬車の一団を見失わないよう、それでいて馬車の中から怪しまれないような距離をおいてギュミルは馬を歩ませる。
幌馬車の中の甲冑は使い込まれてはいるが、なんら貴重なものではない。入隊したての下級騎士に王国から下賜される、一般的な鎧。黒梟隊に任じられ漆黒の装備を与えられるまで、ギュミル自身が使っていたものだ。もしかしたらこの道中、これを再び身につけて戦うこととなるかもしれない。
怪しい馬車や人物が街道上にいないか目を光らせる。今はまだ治安も悪くない場所だが、油断は禁物だ。
イセファーまでは馬車で五、六日間の旅だ。彼らが宿屋を使うのか、馬車に留まって夜を過ごすのかは聞いていなかった。どちらにせよ、ギュミルは幌の中で慎重に聞き耳を立てているつもりだ。
見たところニィカの乗っている馬車はかたく覆いを閉ざしている。もちろん襲撃からの防護を考えてのことなのだろうが、どうにも彼女の逃亡をふせぐためのように思えてならなかった。
このぶんならばニィカがとつぜん顔を出してくることもなさそうだ。ギュミルは帽子を脱いで額の汗をぬぐった。