22. 赤の兵隊
遅い夕食の席での決意も空しく、幾日も経たないうちにギュミルはまたもニィカに関することで国王から呼び寄せられた。これで三度目だ。
以前までと異なっていたのは、玉座の間には他の騎士たちも集められていたことだ。ずらりと立ち並ぶのは赤いマントをまとう第二兵隊。ざっと見た限りでも十人は下らない。
その端に黒梟隊所属の騎士が二人。呼ばれていたのは「黒熊」ギュミルと、「朔風」の異名をもつユーリンガーだった。彼らはちらりと目を合わせるやいなや、たがいに無関心に前方へ視線をもどす。
ユーリンガーがあいさつや世間話といったたぐいの要件で口を開くことは決してない。そのことはギュミルも重々承知していた。
国王は赤と黒に身を包んだ騎士の頭を眺めわたす。
「そなたらに命を下す。二日後にこの城からロシレイへと赴く馬車がある。その馬車を万全の態勢で護衛せよ」
言葉こそ発しないものの、戸惑いに厳粛な空気が崩れた。これだけの騎士が護衛のためだけに駆りだされるとはにわかには信じがたい。
「……詳細をお聞かせ願えますか、陛下」
落ち着きはらった声に室内の統制がとりもどされた。声の主は第二兵隊長のリンゲルだった。
「うむ」と応じ、国王はしんとした静寂のなか、口を開いた。
「その馬車に乗るのは、ひとりの少女だ。名をニィカ=アロアーラという」
ギュミルはだれにも気づかれないよう嘆息した。またあいつか。あの子供がからんでいると聞けば、もはやどのようなことがあっても驚かない。
しかしながら、他の面々はふたたび困惑を態度にあらわした。
「むろん、彼女はただの子供ではない。この国……いや、世界に多大なる影響を及ぼす可能性を秘めておる。かの娘を隣国ドルジャッドの手に渡すことなく、無事ロシレイへと送り届けることは、我らがリヒティア王国の永き安寧のために至要のことと心得よ」
力強い国王の言葉が朗々と響く。部屋のすみずみにまで行き渡った声が髪の毛ほどの震えも残さず消えた後も、騎士たちは水を打ったように静まりかえっていた。
「……陛下」
蝶の翅よりもひそやかなリンゲルの声。国王は沈黙をもって続きをうながした。
「ドルジャッドがかかわっていると……?」
「さようだ」
リンゲルはゆっくりと「承知いたしました」と答えた。その後は口をつぐみ、自身の内でゆっくりと思考をつむぐ。
国王はその思慮深い表情を確認してさらなる説明へと移った。
「ニィカ=アロアーラは西進しイセファーから国境を越える。そうしてドルジャッドを横断し、ロシレイへ至る。路程を通じ、第二兵隊は彼女を護衛せよ」
その言葉にリンゲルがはっと頭を上げる。
「度重なる発言をお許しください、陛下。今のお言葉では……、危険が予想されるドルジャッドを通るのでございますか。せめて、海路を使うわけにはまいりませんか」
「それが向こう……、ドルジャッドの要望だ。正式な国書として届いた以上、軽視するわけにもいかぬ。ただ、この状況ではあちらもあからさまな手段を取ることはできまい」
つまりあからさまでない手段ならば、仕掛けてくるおそれが充分にあるということだ。この任務は当初予想していたよりもはるかに困難なようだ。
リンゲルはこくりとつばを飲み込み「第二兵隊の誇りにかけて、必ずや陛下のご意向のままにいたしましょう」と答えた。