21. 沈む蝋燭
通されたのは塔の最上に近い部屋だった。
「少しお待ちを」
先ほど塔への扉を開けた修道僧があわただしく部屋を出ていく。後にはギュミルと、つんとする獣臭さをじりじりと燃やす獣脂蝋燭のみが残された。
ぼんやりとした灯りに照らされる指輪を眺める。紋章の剣と松明は記憶と寸分違わぬかたちで指の上に収まっていた。
なめらかに部屋の扉が開く。大主教は、以前に玉座の間でまみえたときよりもいくぶんか質素な服を身に付けていた。
「お待たせをいたしました。なんでも、指輪が――おや」
彼が挨拶を途切れさせる。
「以前にもお会いしましたね。あの方をここへ連れてきてくださった……」
あの方、とギュミルは口の中だけで小さく唱える。大主教は彼の手に目をやって「いや」とつぶやいた。
「きょうは指輪の話でいらしたのでしたね。手を出していただけますか」
差し出された左手に片手を添え、大主教は先ほど修道僧がしたのと同じように指先で指輪をつまんで左右に動かす。
その後はずっと、彫られた紋章に語りかけるような視線を注いでいた。
「ふむ……」
声を漏らし、大主教はギュミルの顔へ眼差しをむける。
「指輪への加護はわずかにも失われてはいないようです。指輪が外れたときのことを詳しくお聞かせ願えますか。……あなたの話を疑っているわけではありませんが」
ギュミルは慎重に言葉を選び、ニィカが街道中の宿屋で彼の指輪を外した朝のことを伝えた。
「あの子供……、ニィカといったか、彼女をリヒテシオンに連れていく途中で――」
「指輪を外したのは、あの方……、彼女なのですか」
大主教が早口に説明に割り込む。「そうだ」と答えると大主教は小さく口を開いては閉じた。そのままあごに手をやって考えこんでいる。
じっとりとした炎のにおいが息苦しく感じられるようになるころ、大主教は咳払いをした。
「それならば、おそらく気にすることはないでしょう。あの方であれば不思議ではありません」
その結論にギュミルは納得がいかず顔をしかめる。
「あの子供はなんなんだ」
「……それをお伝えする権能は、私には与えられておりません」
「おい」
身を乗り出してすごむ。小柄ともいえる大主教は少しもたじろぐことなく「できません」とギュミルの目を一徹な視線で射た。
ギュミルはものも言わずそのまま腰を上げた。
「邪魔したな」
扉へと体をむける。
「あまーにぇ ざしぃた く わーとぅ――」
大主教の唱える祈りのことばを最後まで聞き届けることなく、ギュミルはバタンと音をたてて部屋の扉を閉めた。
兵舎にもどったものの、案の定もうろくな食べ物は残っていなかった。
肉がわずかに残った羊の骨をしゃぶり、麦酒ばかりをあおって腹をふくらませた。
結局のところ、俺にはなんの関係もないことだ。事態は城や兵舎とはへだてられた青銅の柵のなかで進んでいるらしい。
あのニィカとかいう子供の正体がなんであろうと構うものか。俺は職務を忠実に果たしただけだ。
ギュミルはなみなみと注いだ麦酒を一息にあけ、そのかさと同じだけの空気を追い出すかのようにうなる息を吐いた。