20. 騎士の指輪
訓練場で汗を流し、外の水場で頭から水をかぶる。今日も陽光は頭上からぎらぎらと照りつけていた。
城の敷地の奥には男子修道院の塔がある。にぎやかな物音は羊か豚かを追い立てているのだろう。家畜の革は紙に、肉は主に騎士たちの腹を満たすために使われる。
もう一度桶に水を満たそうとしたところで、親指の指輪がぎらりと光を跳ね返してギュミルの目を刺した。
今晩の食事の前に言うだけ言っておくのも悪くないだろう。最後にもう一度ざばりと水を浴びて髪と髭をしぼった。水がしたたり落ちてこないように幅広の厚い綿布を頭にまく。
また一戦交えてくるかとギュミルは軽く体の筋をのばし、訓練場へを足を速めた。
訓練を終えていつものように兵舎へ向かいかけたところで、修道院のことを思い出す。踵を返して騎士たちの流れに逆らう。
「飯食わないんですか?」
「後で食う」
そっけなく答える。湯気を上げそうな巨体の直往に、周囲の騎士たちはひるんだように道をあけた。
男子修道院も周りには柵がめぐらされている。ギュミルは入り口とそこに取りつけられた鐘を見つけ、鳴らした。日が落ちた後のその音はやたらと大きく響いた。
出てきた修道僧はやはり丈の長い衣服を着ていた。夜目に見れば男女の区別もつかないかもしれない。
「おや、なんのご用でしょう?」
「大したことではないが、少しばかり報告したい事柄がある」
「わかりました。どうぞ中へ」
修道僧はかちりと青銅の扉を開ける。
「そこまでの必要はない。騎士の指輪が外れたと告げに来ただけだ。第三兵隊長のコーデンにそうするように言われた」
手短に話を終えて帰ろうとするギュミルを修道僧が慌てて引きとめる。
「ま、待ってください。指輪が外れたと?」
「そうだ」
「そして、その指輪は今は……」
「身につけている」
取りすがるような修道僧を見下ろし、ギュミルは左親指の指輪をかざした。修道僧は「ああ……」と安心したような息をつく。
「すこし触れてもよろしいですか」
ギュミルは顎先でうなずいて手を差し出した。修道僧の親指と人差し指が指輪にふれる。彼は呼吸も忘れるほどに集中してギュミルの指輪を右へ左へと小さく回した。
根を詰めていたのがゆるんだかのように、ふうっと息が吐きだされる。続けての声音はしぼんで暗かった。
「……すみません、私ではわかりかねます。大主教を呼んでまいりますので中に入ってお待ちください」
「大げさな対応は不要だ」
「いいえ、お願いします。私たちにとって重要なことなのです」
修道僧はきっぱりと断言した。ギュミルはしぶしぶと首肯する。
この分では兵舎にもどるころには、ろくな食べ物は残っていなそうだ。