2. 街道
「……それでは馬車へおいでくださいませ」
ギュミルは領主とその娘をいざなったが、娘は相変わらず頬をふくらませたままで、彼と目を合わせようともしない。
「ほらフランツィスカ、見るからに頼もしい騎士ではないかね。百戦錬磨といった様子で、護衛にはこれ以上望むべくもない」
「まったく、そうですわね、お父様」
とげとげしい口調だ。ギュミルが差しのべた手を無視して、娘は馬車に乗りこんだ。
「私は騎馬にて随行いたします。必ずや伯爵と姫君をお守りすることをお約束いたします」
馬車にむかって深々と礼をし、ギュミルは白馬にまたがった。
「いくぞ、アルベルト」
御者が馬車を動かすと同時に、ギュミルも白馬――アルベルトを歩かせる。
彼の鎧に重ねたマントは夜闇のように黒い。アルベルトの鞍の下にも、その白く輝く毛並みとは対照的な黒い布をかけていた。
地方領主とその令嬢を乗せた馬車は、若葉の繁る街道を進む。太陽が照るのどかな光景にもかかわらず、一行を包む空気は重かった。
馬車の中では相変わらず娘がむくれた顔を崩してはいないことが容易に感じ取れたし、そうなればギュミルのほうも愉快ではない。いかにもな武人といった彼の表情は、ますます険しくなるばかりだった。
(王の命だ、勤めは果たさねば……)
ギュミルはそう思い直し、頭をふった。きつく寄っていた眉根がわずかにゆるんだ。
「あの……」
馬車の御者が気弱な声を発した。「なんだ」と手短に答え、ギュミルはやや馬を速めて御者の横に並ぶ。見るとまだ髭も生え出していないほど若いようだ。
「申し訳ありません。その、フランツィスカ様が、失礼なことを……」
「構わない。ああ言われるのには慣れている」
白馬が似合わないと揶揄されたことも一度や二度ではない。山賊に鞍替えしてはどうかと言われたことさえある。
御者は困りはてた表情で続けた。
「でも、王国騎士様にあんな……。ただの御者のぼくが謝ってすむことじゃありませんけど、本当に申し訳ありません」
「気にするな。騎士とはいっても、俺を含めた大半が平民出だ。それに……」
ギュミルは突然口をつぐみ、御者の前に腕を伸ばした。御者は思わず馬を停める。
「えっ……!?」
「何事ですの!」
停まった馬車から領主の娘が顔を出す。途端にギュミルの声が飛んだ。
「中へ! 覆いを閉めて、物音を立てられませぬよう!」
にらみつけるような勢いに気圧され、娘は青ざめて馬車の中へ戻る。かたりと音を立てて窓がふさがれた。
「……どうしたんですか?」
御者がおそるおそるギュミルの顔をうかがう。
「罠……というより仕掛けがある。おそらく賊が近くにいるな」
ギュミルは馬を下りる。剣を抜き、足元を払った。
張り巡らされていた縄が切れ、ガランガランと金属音が鳴り響く。おそらくは馬の足止めをするつもりだったのだろう。
「なにやってんだよ、てめえ!」
木々の間から荒んだ風体の男たちが現れる。その数およそ十余名ほど。手に手にぎらつく刃物を構えている。
「う、うわあ……っ」
御者の少年は御者台に這いつくばらんばかりに身を縮めた。
ギュミルは黙って馬車の前に歩み出る。射殺さんばかりに彼らを睨みつけた。
「おめえ、その馬車の護衛か? 死にたくねえならさっさと馬車よこして失せな」
リーダー格らしい鷲鼻の男が短刀を向けて凄む。
ギュミルはわずかにも動じず、低く通る声で応えた。
「いかにも。私は王国騎士黒梟隊、ギュミル=リヒテス。勅命により護衛の任にあたっている。この馬車に手出しをしないのであれば、今回ばかりはこの狼藉を不問としよう」
その言葉に鷲鼻の男は「ツイてねえ」と舌打ちを漏らした。不満の声が子分たちからあがる。
「お頭、こんなヤツの言い分を聞き入れるのかよ!?」
「見たとこ、積み荷だってたんまり――」
鷲鼻の男は「黙れ!」と彼らを一喝し、「……引き上げるぞ」と刃物を腰に収めた。
ギュミルは油断なく剣の柄に手をかけ、その様子を見ていた。