19. 第三兵隊長コーデン
ニィカがふたたび王城に付設された修道院へ入ったとギュミルが耳にしたのは、翌日の朝日の中のことだった。
簡素な朝食を済ませて、アルベルトの様子を見るため馬房へと寄る。にぎやかな小鳥のさえずりに迎えられた。
アルベルトが餌をたっぷりと食べていることにうなずき、馬房の裏へ足を進めた。
思ったとおりに大柄の男の背中があった。そのまわりには小鳥がむらがり我先にと歌っている。
「コーデン殿」
ギュミルの呼びかけに、彼は小鳥を驚かさないようにゆっくりと振り返る。
「ギュミル君か」
第三兵隊の長、コーデンはギュミルにも負けず劣らずたくましい体つきをしている。ただ、その顔つきや性情は騎士とは思えぬほどにおだやかだ。
彼は大きな牛を連想させる黒い目をかすかにくもらせた。
「すまない、うちの隊の尻拭いをさせてしまって」
「任務でしたから。幸いなことに手間取るものではありませんでした」
コーデンの無造作な砂色の髪が、うなずく形にゆれた。
「あの……女の子、だったかな? 今は修道院へ戻っているそうだ」
「そうでしたか」
さして興味もない。ギュミルは地面にまかれたパンくずをついばむ鳥をながめた。
「君もやるかい?」
コーデンが小さな袋をギュミルに差しだす。
「結構です」
手を振ってこばむと、コーデンはその袋からパンくずをつかみ出して自身とギュミルの間に散らした。やわらかな羽毛が群がり、帯のように二人をへだてる。
「修道院が大騒ぎしていたよ」
不意に発せられた言葉に、ギュミルはけげんな表情を見せる。
「あの子供は何者なんだろうね。陛下も修道院も、あの態度はどう考えても普通じゃない」
「詮索は俺たちの仕事じゃないでしょう」
「そうか、そうだな……。……おや」
コーデンは大きな体をかがめた。餌を乗せた手のひらを伸ばし、口笛を吹いて鳥を巧みにまねく。
「よし、そうそう、おまえだ……」
寄ってきたうちの一羽の脚には、白い糸が結わえられていた。コーデンはごつごつした指で器用にそれをほどいてやる。
その鳥はまったく気にする様子もなく、餌を食べ尽くすと軽やかに飛んで去った。
鳥を見送るコーデンに、ギュミルは自然と話しかけていた。
「ずいぶんと慣れてますね」
「毎朝ここで餌をやっているから覚えられたようだ。……近所の子供にいたずらでもされたかな」
コーデンの口調に笑みが交じる。
四苦八苦しながらも捕まえて糸を結わえつけたのに、逃げられて落胆しているだろうか。ギュミルが漠然と浮かべた子は、小麦よりやや濃い色の肌に、黒い髪とまるい目をしていた。
「ギュミル君、子供といえば」
柔和に細められたままの瞳がギュミルにむけられる。
「修道院にいるということは、あの子にもやっぱり恩寵があるのかな」
「さあ……。俺は恩寵も加護も信じませんがね」
「そうなのかい」とコーデンが眉を上げる。「その指輪を付けていても?」と続けて問われた。
「これだって普通に外れる代物でしょう」
コーデンはギュミルの表情を見定めようとするかのようにまじまじと彼の目をさぐる。
「ギュミル君、ひとつ忠告しておくがね、もし本当にそれが外れたというなら、修道院に報告したほうがいい」
小鳥の声はいつのまにか消え去っていた。
「……覚えておきます」
コーデンは眉間にかすかなしわを見せてうなずいた。