18. 不機嫌
「……おい」
あきれた声でギュミルが呼びかける。
ニィカはむっつりとほおをふくらませたまま返事もしない。頭に巻いた青い石のバンドは以前と同じだが、そのほかにも首や腕にじゃらじゃらと装身具をまとっている。いずれも精巧な細工が施されていることが一見してわかるものだった。
「どうしたんだ、その……、それは」
尋ねてみたがニィカはしかめっ面を深めるばかりだった。望んで身につけているものではないのかもしれない。
答えるつもりがないのならばこれ以上訊いても無駄だろう。そう考えたギュミルは、ぶすっとしたニィカの頭上で、いまなお神経質そうに眉を寄せたままのザイエルと言葉を交わす。
「俺は先に帰って陛下へ報告を済ませる」
「この子を連れていってはどうです。姿が見えたほうが陛下も安心なさるでしょう」
「五人の目がありながら見失った子供を、俺一人で見られると思うか。こいつはそちらに任せる。同じ失敗はおかさないだろうしな」
「……肝に銘じますよ」
ギュミルは踵を返して自身で操ってきた箱馬車に乗りこむ。
「さあ、こちらへ」と差しのべたザイエルの手をものも言わずにこばむニィカ。そのようすを白馬の牽く馬車が追い越していった。
「なにが気にいらないのか知りませんが……、とにかく、城へ戻ってもらわなくては困ります」
ニィカはふたたび伸ばされた手を振り払おうとする。その動きは緩慢で、ザイエルは少女の腕をしっかりとつかまえた。
「いい加減おとなしく……」
服の上からでもわかる体温の高さに、彼は思わず言葉を止めた。ニィカは口を開き、はあはあと肩で息をしながら彼をにらむ。その頭がぐらりと力なくゆれた。
「なっ……!」
ザイエルは血相を変えてニィカを抱え上げる。「水を!」という言葉とともに彼女を箱馬車に押しこんだ。ついで自身も座席へと腰を移す。
車内にいた若い騎士はあわてふためきながらも荷物から革袋を取り出す。
「飲めるか、おチビさん」
水が口元に差し出されるが、ニィカは唇をきっと結んだ。
「強情を張るなよ。もう少しで蒸し焼きになるところだったんだから」
ニィカはきついまなざしのまま革袋に口をつける。二度、三度とそののどが動いた。
ザイエルが命じ、二台の馬車が進みはじめた。
ニィカは革袋を若い騎士のほうへ押しやり、ぐったりと座席にもたれた。
「これ、重いだろ。外したほうがいいんじゃないか?」
騎士がニィカの腕輪に手を伸ばす。「さわるな!」と怒鳴ったのは、固く腕を組んでニィカから目を離さずにいたザイエルだった。
若い騎士はしらけたように肩をすくめ、その言葉にしたがった。
「水はまだあるからな。飲めるなら飲んでおけよ」
ニィカは彼を見上げてゆるゆると首をふる。それに苦笑いで応じ、騎士は深く座席に座りなおした。
「ずいぶんと子供に親しいな」
ザイエルの言葉に騎士はニッと笑った。
「オレ、このくらいの妹がいるんですよ。もうめちゃくちゃ生意気なんですけどね」
照れたような彼の表情とは対極に、渋面を深めるザイエル。
「お前の家族は騎士団の中にしかいない。そのはずだろう」
「……そうでした、すいません」
騎士は目を伏せてニィカの様子をたしかめる。彼女は目を閉じて浅い眠りについているようだった。
その黒い前髪を軽くなでる。かわいた小さな唇がかすかに動き、「ママァ……」と呼んだ。
騎士は手のひらの動きを止めてからゆっくりと引く。まだ熱いそのひたいを見つめた。
「……守れなくて、ごめんな」
その声は車輪の音にかき消されるほどに弱い。
第三兵隊の二台の馬車は、リヒテシオンへ入ろうとしていた。