16. 失踪
それから数日が経ち、城内の噂から、盗賊団が潰されたことを知った。
ギュミルは実戦で剣を振るえなかったいらだちをぶつけるように訓練に打ちこんだ。
「ギュミル殿、おられますか、ギュミル殿」
切迫した表情で小姓が訓練場へ駆け入る。体を慣らし終えてようやく新兵と組み合いはじめるところだった。ギュミルはちょうど横薙ぎに襲いかかってきた槍を払いのけ、声の方向に不機嫌な視線をやる。
「なんだ」
「陛下がお呼びであらせられます」
訓練場の面々がいっせいにギュミルへ意識を向けるのがわかった。
「至急か」
「はい」
ギュミルは相手をしていた兵に目を戻し、「引け」と告げた。彼が槍を収めると同時にギュミルも剣を下げる。
「今行こう」
着替えの時間もなさそうだ。幸いにして、まだしたたるほどの汗はかいていない。
番兵の問い質すような表情を浴び、ギュミルは玉座の間に立ち入る。ひざまずくと中途半端に呼び覚まされた筋肉が手持ちぶさたにうごめく。場違いさを色濃く感じた。
「突然にすまぬな。訓練中であったか」
「陛下の仰せとあらば、何時であろうと馳せ参じます」
「その忠義、しかと聞いたぞ。さて、そなたに命を下す。ニィカ=アロアーラを捜しこの城へ連れ戻せ。できる限り内々のうちに」
ギュミルはゆっくりと息を吐き出した。荒くなりかけていた血液の流れはすでに平常に戻っていた。
「ニィカ=アロアーラと申しますと……」
「そなたが連れてきたあの子供だ。覚えておろう」
ギュミルは眉を寄せて思いだす。真っ先に浮かんだのは、子犬のように自分にきゃんきゃんとまとわりつく印象だった。次いで黒髪のおさげが、異国風の顔立ちが現れる。
「今しがた報告を受けた。遺品の整理のために一度家へ戻らせたところ行方をくらましたそうだ。まずはかの家へ赴くがよかろう」
修道院へ入るのを見送って以来、もうかかわり合いになることもないと思っていた。御前であるという意識が、苦虫をかみつぶしたような顔になるのを防いだ。
「承知いたしました」
国王は常よりもやや早口で告げる。
「城下での捜索は既にフリムに令を発した。他に詳しい事情が必要であれば第三兵隊の者に直接尋ねよ」
「第三、でございますか」
焦りの見える国王にむけて確認する。
「さよう。第三兵隊に付き従わせた。まだ現地にいることであろう」
聞き違えようのないはっきりとした言葉を心に刻む。
「はっ」
最後に国王は「馬車を使うがよいぞ」と告げた。
「……多少進みが遅くなることでしょうが」
ギュミルの言葉への返答は「構わぬ。かの娘が人目に触れないことが肝要だ」というものだった。
さすがに不審を覚えたが、ギュミルが言葉を発する前に「行け」と命が下された。
「……御意のままに」
玉座の間を辞したギュミルは最低限の身支度をととのえ、黒いマントを羽織って馬房へむかう。馬の息づかいやえさを食む音。大きな生き物が穏やかにならぶ気配を感じる。
「アルベルト」
愛馬の短く刈りこまれたたてがみをなんとはなしに撫でた。
首尾よくあの子供を見つけたとして、おとなしく馬車に座っているだろうか。
考えていてもしかたがない。アルベルトを外へ歩ませて箱馬車につないだ。
「急ぐぞ」
御者台の上から鞭をくれると、尻の下の車輪がなめらかに回りだした。