15. 求婚者エウス
玉座の間で報告を受けた王は重々しくうなずいた。
「我が国にとっても、彼女にとっても、良い結果となろう」
大主教は「ええ、しかとそうなることでしょう」と応じる。ギュミルはひざまずいてその言葉を聞きながらも、拭いようのない違和感を覚えていた。
なぜあのような子供ひとりに、そのような大げさなふるまいをするのだろうか。
疑問を差し挟んでよいものなのか。国王と大主教は低い声で会話を続けていた。
「ギュミル」
「……はっ」
考えていたせいで国王の声に応えるのが一拍遅れた。とんだ失態だ。ギュミルは奥歯を噛みしめた。
「そなたには恩寵は備わっておらなんだな」
「さようでございます」
「ならば下がるがよい。今日見聞きしたこと、そしてあの娘のことは忘れよ」
伏せる目を驚きに見開く。単にひとりの孤児を引き取ったというだけの話ではないのか。
国王は「数多の王国騎士の中でも、そなたは特に忠誠深い騎士と、余はそう信じておる。……失望させるでないぞ」と静かに圧す声音で続けた。
「……陛下のご意向のままに」
ギュミルは頭をいっそう低くした。
兵舎へもどったときにはちょうど夕飯時だった。がやがやした食堂の大きなテーブルのはじに陣取る。焼いた豚のあばら骨から肉を引きはがし、ともに炙った蕪をかじる。いくぶんか冷めてはいたものの、慣れ親しんだ味はやはり落ちつくものだった。
「よう、黒熊」
気安い声に顔を上げる。
「エウス」
ギュミルは豚の骨を手にしたまま応えた。エウスはギュミルのむかいに腰をおろし、大皿に盛られた肉とパンを取る。
「外に出てたんだろ? どうだった?」
「いや……、普段と変わりない」
「そんなことはないだろう。青葉の繁る季節だ。この国はつねに美しいが、光の増すこの季節は格別だ」
「お前はいつもそう言うな」
ギュミルはぐびりと葡萄酒を喉にやる。エウスは「そうだな」と朗らかに笑った。
獅子のような輝く金髪に雄々しく引き締まった体躯を持つ騎士エウス。純白のマントをなびかせて兵を率いる勇姿は国の女性たちの熱い視線を集めてやまない。しかしながら「求婚者」の異名をもつ彼自身の愛はつねにリヒティア王国へむけられている。
第一兵隊の長、つまり実質的には王国騎士団の長にもひとしい地位に立つのも、その熱心さを買われてのことだろう。
エウスは肉の脂を葡萄酒で流し「うまいな」と感じ入った声をあげた。
「お前は今日は訓練か」
「ああ。それと書類仕事だな。俺も久しぶりに城の外に行きたいよ」
ギュミルは固い骨を噛んだ。最近立て続けに受けた任務は、どう考えてもこいつのほうが適任だった。
「いい仕事があったんだがな」と口を開こうとして、隣のテーブルでこそこそとこちらを盗み見ている輩がいることに気付いた。
――エウス殿は黒梟の者にも親しく接して――
――あばたもえくぼと言うからな。この国にあるものならばなんでも愛せるのだろう――
いつものことだ。気にすることもないとギュミルはパンを一切れ取る。
「ああ、お前のことも愛しているぞ、ダン! あばたのひとつとしてな」
エウスの声が響く。ダンと呼ばれた兵士は酸いものでも食べたかのように顔をしかめてそっぽをむいた。
エウスはそんな彼の様子をギュミルに示し、明るく笑った。
「居心地が悪くなっても知らんぞ」
「なるものか」
ギュミルの言葉を即座に否定する。その表情を見て、ギュミルも髭の中に軽く笑みを浮かべた。




