114. ケイヴィス=ディネンジャシッサ
「おはようございます、ニィカ=アロアーラ様。おお、さっそくお読みになっておいでですな。感心なことでございます。ニィカ=アロアーラ様が許可状内の誓約をご自身のお名前のようにすっかりと暗記なさいましたら、その時こそロシレイへの出立でございますな」
ニィカはとっさに金粉のついた指を服の裾でこすった。
ヘレーに見つかったら怒られるかな、と考えがいたったのはその後だった。
「私自身が入学許可を受け取ったのはもう何十年と昔のことでございますが、今なお誓約は鮮明に覚えておりますとも。学院の門をくぐる際の高揚もつい昨日のことのように思い出されます。わん たうしん なぴたしす うちせと けいゔぃす でぃねんじゃしっさ ろし れた あるまなこ――」
ニィカはあらためて文面をながめた。どこを読んでいるのかたどろうとしたけれども、とうとうと流れる声はとうてい追っていけるものではなかった。
いつ息をついているのかふしぎに思うほどの長いことばが終わり、ケイヴィスはふたたびニィカに笑いかける。
「それでは次はニィカ=アロアーラ様の番でございますな。さあ、ここからでございます」
指し示されたはじまりは下から数えて五行めあたりだった。
許可状のすべてを暗記するはめにはならなそうで、ニィカは内心で胸をなでおろす。
「わー けいゔぃす、でぃねんじゃ……」
さっきひとりで見ていたとき、ひっかかってしまったところだった。単語が長いうえに文字があまり見覚えのないつながりかたをしている。
読みかたをたずねるよりもはやく、ケイヴィスの口から答えが出てきた。
「でぃねんじゃしす、でございますな。そういえばお伝えしておりませんでしたな。ディネンジャシッサは私の姓でございます。ケイヴィス=ディネンジャシッサ。私はメズチャノの出身でございますから、このあたりやリヒティアではなじみのない姓かと存じますが……、いや、失礼いたしました。今は誓約をお覚えになるのが第一でございますな。続きをお読みくださいませ」
ニィカははじめに戻って、ちいさな指で文字をひとつずつたどった。
「わー けいゔぃす でぃねんじゃしす うちしぇた——」
「ええ、ニィカ=アロアーラ様。お上手にお読みになっていらっしゃいますが、そこは『うちすぇた』でございます。はい、もう一度」
ニィカは唇をとがらせてから言われたとおりにした。
「わー けいゔぃす でぃねんじゃしす うちすぇた にぃか あろあーら ろし りぇた ある、ま、なこ……」
幾たびとなく指導は入り、ようやく二行分をとぎれずに読めるようになったときには、もう日が橙色にかたむいていた。