110. 泣き腫らして
部屋にかえったニィカはぐったりとベッドに横たわる。いつもより歩いてしばらくぶりに土のうえに立ったというだけでは説明できないほどにつかれていた。
「今日はお休みになりますか」
問いかけるヘレーの声の表情はいつもどおりだった。ニィカがだまりこくっていると、「……そのように致します」とつづけて聞こえた。
あとには人の気配すらかぎとれない沈黙が落ちた。ニィカはえたいの知れない胸の重さにずぶずぶとのみこまれるように目をとじ、みじかい眠りについた。
目が覚めてからも、あたまをベッドにつけたままじっとしていた。部屋にはあいかわらず音がなかった。
ひたひたとニィカのなかをなにかが上ってくる。おなかや胸の内側をところかまわず刺し、のどを焼いて上ってくる。正体に気づくよりもはやく、それは目からあふれだした。
体をまるめてしゃくりあげる。
ニィカの奥ふかく、いちばんまんなかをひび割れさせる痛み。この気持ちをなんというのか、ニィカはまだ知らない。言いあらわせるとさえも思えない。
泣けば泣くほど感情がニィカを押しつぶそうとなだれをうち、それでもニィカは声をあげ、身もだえて泣くしかできなかった。
息がくるしい。胸がきりきりといたい。顔はすっかりぬれてベッドはつめたい。ニィカは毛布を頭からかぶり、そのはしを強くにぎりしめてしゃくりあげていた。
暗くてせまい空間が息となみだで湿っていく。ニィカは口をあけてはあはあとあらい呼吸をくり返す。
ちいさな世界の外でとびらがあいた。聞きなじみのある足音。
野菜の煮えるあたたかなにおい。
「お食事を持たせてまいりました、ニィカ=アロアーラ様。菓子も。……お好きだと伺いましたので」
ひさしぶりに触れた毛布の外の空気はぴりぴりとつめたかった。
「ヘレー……」
はいだしてきたニィカを見て、ヘレーは「少々お待ち下さいませ」と首をふった。
小間使のひとりが駆けていく。もどってきた彼女は白く湯気をあげる毛織りの布を手にしていた。
ヘレーはそれを受けとってニィカの顔をぬぐった。目元がちくちくするのと恥ずかしいのとでニィカはもごもごと不平を口のなかでつぶやいた。
さっぱりとして、すうすうして、たよりない。かさぶたの下のピンク色の皮膚のような気分。
鳥籠を置いていた円い机に食事が整えられた。
スープをすすってあたたまると、また涙がとけそうになった。すん、と鼻を鳴らして飲みくだす。
吐いた息は一瞬、白かった。
「……ヘレー」
「はい、ニィカ=アロアーラ様」
「とり……。小鳥が死んじゃったの、あたしのせい?」
ヘレーの顔を見上げることはできなかった。ヘレーは「あ……」とちいさく発したきり答えなかった。
器をもつ手がふるえる。ほおのまるさを涙がつめたくなぞった。
「ニィカ=アロアーラ様。もしも……もしもお望みでございましたら、新しい小鳥をご用意致します」
その申し出にゆっくりと首をふる。
「いらない。また……死んじゃうもん」
焼き菓子にはさんだジャムはすっぱくて、舌のわきが痛くなった。