11. 宿り
ギュミルが憂慮した通り、ニィカは早々と干した果物を食べつくしてしまうと再び唇をとがらせた。
「ねえ、まだ着かないの? あとどのくらい?」
「……もうじき宿に着く。たてがみでも編んでいたらどうだ」
「ううん、もういい」
勅命でさえなかったら放り出していたところだ。ギュミルは極力子供の高い声を耳に入れないようにした。
ニィカは不満げにギュミルの腕を手のひらで叩く。
「騎士さん、ねえ、騎士さん!」
「……なんだ」
「アルベルト走らないの? 後でやってくれるって」
アルベルトの様子を確かめてみる。ほとんど並足で歩き続けていたからか、心配するほど疲れてはいないようだ。
「やってみよう」
ギュミルの指示にアルベルトは素直に従った。鋭い風が感じられる。
ニィカが歓声をあげる。
「アルベルト、もっともっと!」
今日は調子が良いようだ。力強い足取りは背に重みを感じていないようにさえ見える。
それにしても、とギュミルは腕の中の子供の黒髪を見下ろす。
もしも俺に子ができたとして、決して一人娘だけにはするまい。貴族令嬢にしろ職人の娘にしろ手を焼く存在に育ってしまうようだ。
街道を走り続け、宿屋に着いてしまった。予定よりも日が高いが、無理して進むこともない。ギュミルは馬を停めた。
「今日はここに泊まるぞ」
ニィカは息を荒くして肩を上下させている。馬から下ろすとそのまま地面にへたりこんでしまった。
「疲れたか」
「疲れてないもん……」
強がっているのは火を見るより明らかだ。それでもニィカは意地になって立ち上がった。
部屋に入るとニィカはあっという間に眠ってしまった。ギュミルはようやく一息つく。
これなら当分の間は起きないだろう。馬房のアルベルトの様子を見に行くことにした。
アルベルトは主の姿を認めると顔を擦り寄せてきた。
「よしよし」
撫でてやり、ついでに編まれていたたてがみを確かめる。ごく細く、固い三つ編みが数えるのも面倒になるほど作られていて、ギュミルは頭を抱えた。あの子供は職人の血を馬上で遺憾なく発揮したようだ。
ためしに一つほどいてみたが、薄暗い中での細かい作業は予想以上に手間取る。
王都に着いたらアルベルトのたてがみを編めないほどに短く刈り込ませよう。ギュミルは早々とそう決めた。
宿の主人が夕食の仕度ができたと告げに来たときも、ニィカはこんこんと眠り続けていた。
ギュミルが声をかけてみても起きる気配はない。軽く肩を揺さぶってみたが、子供の熱い体がぐにゃぐにゃとするばかりだった。
「今から行こう。こいつは寝かせておく」
「後から食事の用意はできませんよ」
「構わない」
たっぷりと食事をとり、酒を飲む。ふと思い立って、堅いパンに肉の切れ端を挟んだものをこっそりと部屋に持ち帰ってやることにした。
少し部屋を離れていたうちに、ニィカはベッドの真ん中に転がり、腕を広げていた。これをむりやり動かす気にもなれず、ギュミルは客室の扉近くの壁に背をもたせかけるように腰を下ろした。
慎重に体を休めている間、ベッドから何度か寝返りを打つ音が聞こえた。