107. わずかばかりの朝寝
ニィカが目覚めたときには、もう冬の太陽は白くのぼりきっていた。思いきり泣いたあといつもそうなるように、顔の内側と外側がかわいてほてっている。
いつもならヘレーが起こしにくるのに、とふしぎに思いながら、ニィカは温かい毛布からつまさきを出した。
ベッドから下りようとしたところで、すぐそばの見慣れないものにぎょっとした。あわてて毛布のなかに体をまるめて、目だけが出るようにして、慎重にそれにはい寄る。
壁に寄りかかっていたのは人──、ひざをかかえたヘレーだった。ふだんよりずいぶんゆったりして薄い、簡単な服を着ている。
「ヘレー?」
ちいさく呼びかけても返事はない。ヘレーはそのきゅうくつな姿勢で眠っていた。呼吸にあわせて肩から胸がゆっくりと上下する。
ニィカはベッドにうつぶせになって、じっとヘレーの寝顔を見つめた。彼女の目の下やくちびるがかさついていること、左の耳たぶのはしにほくろがあることまで見てとれた。いつの間にか息をする間隔がそろっていた。
朝のつめたいしずかな空気がニィカのほおを洗う。はあ、とついた息がほんのかすかに白くかすんだ。
二、三回じぶんの白い息を見送って、ニィカはベッドから下りた。もこもこに厚い毛布を腕いっぱい使って抱えあげる。さえぎられた視界によろめきながらもニィカは一晩かけてぬくもった毛布をヘレーにかぶせた。
とつぜん加わった重みにヘレーがびくりと目をあける。ひとみがすばやく左右に動いた後にニィカを見つけて、最後に手前の毛布にむけられた。
「ニ、ニィカ=アロアーラ様! 申し訳ございません!」
かけたばかりの毛布をはねのけて立ちあがるヘレー。
「ねえ、ヘレー──」
「すぐにお召し替えの支度を」
ヘレーは早口に言うと部屋を飛びだしてしまった。あわただしく戻ってきたと思ったとたん、息つくひまもなくニィカを着がえさせる。
「ヘレー……」
「お話ならご朝食の後で伺います」
ヘレーはばたばたと、それでいて一分の乱れもなくニィカの身支度を整える。
「陛下をお待たせするわけにはまいりません。お分かりでございますね」
ニィカの泣きはらした目を濡らした布でぽんぽんと押さえながらヘレーは告げた。
「うん」
「私の不手際の致すところで申し訳ございませんが、できる限りお急ぎになってくださいませ」
ニィカはこくっとうなずいて全速力で部屋を飛びだした。
「なりません、ニィカ=アロアーラ様! 歩いてくださいませ!」
背後から叱られて、ニィカは思いきり「えー!」と文句を言った。
振り返ればヘレーが長いスカートをひるがえし、兵士たちでも追いつけなさそうな早歩きで向かってくる。その身のこなしがみごとだったのと、思わず笑ってしまうほどに迫力があったのとで、ニィカもならってきっぱりスタスタと早歩きで食堂へおもむいた。