105. 歌の教え手
「おはようございます、ニィカ=アロアーラ様。……おや、どうなさいましたかな、そのような大あくびを。もしや昨夜はあまりお休みにならなかったのでございますか。私めの乏しい記憶に則ってご意見申し上げることを許していただけるのでしたら、ニィカ=アロアーラ様のお年頃の方々のご健康とご清聴のために必要なのはまずは睡眠、次に栄養でございます。プロニエ語のお勉強に熱が入るお気持ちはこのケイヴィスも十分に理解の及ぶところではございますが──」
ニィカは不機嫌に目をこする。
昨晩ベッドに入って目をつぶったとたんに、日中に練習させられたプロニエ語の単語が耳と頭のなかによみがえってぐるぐると回りだした。それがどうしようもなく気になってしまって、結局寝つけたのは部屋の外で使用人たちが立ちはたらく物音もすっかり止んでしまってからのことだった。
ぼんやりするニィカの目をさますように小鳥がさえずる。
「おや、近くに小鳥が来ているようですな」
ケイヴィスの視線は机の鳥籠を通りすぎ、バルコニーへつづく大窓へむく。ニィカは鳥籠を指し示した。
「王様からもらったんです。前からいたんだけど……、気がついてなかったんですか?」
「いやはや、うっかりしておりましたな。小鳥といえば、ニィカ=アロアーラ様。小鳥といえどもあのように愛らしい歌をはじめから知っていたわけではありません。親鳥に教わり、他の鳥たちの数多の歌を聴いて、さえずりかたを学んでいくのでございます。そう、あたかも人の赤子が言葉を学ぶ時のように。このケイヴィスが何を申したいのかもうおわかりですな、ニィカ=アロアーラ様──」
ニィカはそれから先をほとんど聞いていなかった。
勉強もずっと上の空のままで、結局この日もニィカがペンを持つまでには至らなかった。
「いやはや、ずいぶんと深刻な寝不足をお患いのようでございますな。誠に遺憾ではございますが、本日はこの辺りで切り上げることといたしましょう。復習に身を入れてくださるのは結構でございます。ただ、昼間の勉強が疎かになっては主客転倒でございますからな。復習は太陽が沈むまでにこなしてくださいませ」
苦言を連ねるケイヴィスも眼中にないようすで、ニィカはぼうっとあらぬほうに目をやっている。
「──よろしいですかな、ニィカ=アロアーラ様」
注意を引くためのせきばらいがひとつ。ニィカは気のない瞳で彼を見あげ「……はい、ケイヴィス先生」と覇気なくこたえた。
ケイヴィスは垂れたまゆを大きくあげて立ち去った。
夕食前の着替えからベッドに入るまではよどみなくヘレーが仕事をこなす。ニィカはちらちらと鳥籠を気にしながらも、おとなしくされるがままになっていた。
「それではお休みなさいませ、ニィカ=アロアーラ様」
「おやすみなさい」
扉が閉まってからゆっくり十かぞえる。ニィカはおもい毛布をはねのけて鳥籠に走りよった。