101. 再来
朝と夕の食事のあとは、小鳥の餌の時間となった。穀物、野菜くず、パンのかけら。
小鳥が一心に餌皿にくちばしをつっこむしぐさを見て、ニィカはある日、ふとその穀物をひとつまみ食べてみた。ざらざらしていて青臭くて思わず目を白黒させた。飲みこんでも飲みこんでも口のなかに粉っぽさがのこる。
「ねえ、それ、ほんとうにおいしいと思って食べてるの?」
そうたずねても小鳥はなにもこたえず、ニィカに一瞥をくれることもなく、黙々と殻をちらしながら餌をついばんでいた。
餌やりがニィカのあたらしい習慣になりだしたころ。転げるようなしぐさで水浴びをする小鳥を見つめていると、突然ノックの音が耳に飛びこんだ。
「ニィカ=アロアーラ様。いらっしゃいますかな、ニィカ=アロアーラ様。失礼ながら随分と不沙汰をしておりました。よもやこのケイヴィスをお忘れではいらっしゃいませんな」
ニィカはあっけにとられてヘレーと顔を見合わせた。
「申し訳ございません、ニィカ=アロアーラ様。このケイヴィス、いつぞやと同じく両手が塞がっておりまして。扉を開けては頂けませんかな」
「お待ち下さい、ニィカ=アロアーラ様。私が参ります」
ため息混じりに歩みをすすめるヘレー。とびらを引き開けるや否や、さっと横に退いた。おかげで前が見えないほどに書物を抱えたケイヴィスは、きょうはだれにもぶつからずに部屋に入ることができた。
「ケイヴィス様、書物を運ばれるのでしたら召使いをお使い下さいませ」
よたよたと歩くケイヴィスの背後からヘレーがぴしゃりと投げかける。
「いやはや、彼の存在を忘れているわけではないのですがな。どうもロシレイでの癖が抜けませんな」
息をつきつき、ケイヴィスは書物を床へ置いた。もうあぶないこともないと思って、ニィカはその書物の山に近づいた。
「差し出がましさは承知の上で、もう一点申し上げます、ケイヴィス様」
しゃがみこんで書物を検分していたケイヴィスはヘレーのほうへ首をむけた。ニィカは山のてっぺんの一冊をひらき、プロニエ語の読めない羅列をながめながら耳だけで彼女の言葉をきいた。
「このように突然いらしては困ります。ニィカ=アロアーラ様には直にニェヴニク以外の事々も学んで頂かなければなりません。そうなれば部屋を空けられる機会も増える事でしょう。もしも本日のこの時間に、ニィカ=アロアーラ様がいらっしゃらなければどうなさるおつもりでいらしたのですか」
「ふむ、そうなればまた時間を改めて参ったこととなりましょうな。しかしながら侍女のお人、いや失礼、名前を知りませんのでな、そう呼ばせてもらいますよ。侍女のお人、肝心なのはいま現在ニィカ=アロアーラ様が予定もなくこの部屋にいらっしゃるということです。私にとって好都合なことに。いやいや、ただ勿論、あなたの言うこともごもっとも。今後、この時間は私ケイヴィスのためにニィカ=アロアーラ様の都合を空けておいていただけますかな。頼みますよ、侍女のお人」
ケイヴィスの長々した返答がようやく終わる。ニィカはちらりとヘレーを見やった。彼女はいかにも頭が痛いというふうにこめかみに指をあてて、「かしこまりました。仰せのままに」とぎこちなく礼をした。
「結構、結構」と満足のうなずきを何度もヘレーにおくり、ケイヴィスはニィカがひろげていた書物のおもてに視線を落とした。
「さすが、お目がお高いですな、ニィカ=アロアーラ様。それは特性学の中でも物質を媒介としない加護の効力について論じた書物でございまして、大小はあれど恩寵は誰にでも備わっているという大胆な説を展開するものでございます。ある特殊な環境に渡ればたちどころに隠匿されてしまうであろう、実に貴重な書物でして──」
とうとうと語りつづけるケイヴィスの口元のしわをぼんやり見ながら、ニィカはケイヴィスの話が止めどなく長いのを思いだしていた。そうしてじぶんが以前に「ケイヴィスに会ってもいいかもしれない」と考えたのをすこしだけ後悔した。