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ニィカ!  作者: 稲見晶
第四章 武の大国ドルジャッド
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100. ヘレーの役割

 ぐちゃぐちゃにまざった感情でおなかがいっぱいで、ニィカはほとんど食事に手をつけられなかった。 

 ドルジャッド国王のことばにもくちびるをほとんど動かさずに、ひとことだけこたえる。

「具合でも悪いか、恩寵の御子よ」

「……いいえ」

 首をふってもそもそとチーズを口にはこんだ。


 食べものではない何かがおなかからのどのあたりまで詰まっているような重苦しさ。

 部屋にもどったニィカはずしりとベッドに横たわった。

「ニィカ=アロアーラ様……」

「気分がよくないの。眠いの。ほうっておいてくれる?」

 ヘレーが隠そうとしたため息はしっかりとニィカの耳にも届いてしまった。

「かしこまりました、ニィカ=アロアーラ様」

 ヘレーは部屋のすみで息をひそめる。きっとニィカが呼べば、ひと呼吸もしないうちにここに来るのだろう。


 毛布をからだに巻きつけ、うつぶせて首をのばす。

 ガラス戸とステンドグラスを透かしても寒々とした空の色がわかる。

 高いさえずりがさかんに聞こえる。ニィカが不在のうちに食事を済ませた小鳥が、閉ざされた部屋のなかのさらに狭い籠のなかで、一羽楽しげに鳴いていた。

 まねをしてニィカも気まぐれにチィ、チィ、と口ずさむ。やがて口が疲れて、それもやめてしまった。

 かすかな返事がなくなったことにも気づかず歌いつづける小鳥に耳を傾けるうち、ニィカはぽっかりと暗いところへ落ちこむような夢にまぎれこんだ。


 ふと目をあけると太陽の光がいっぱいで、ふしぎな気分だった。身を起こしてみても頭の芯がべたっと枕に取り残されたままのような感覚がした。首をふった拍子にヘレーのすがたが目に入る。心配そうな顔をして、こちらを見ている。

「……ヘレー」

 なんとなく肩のあたりが寒くて、ニィカは毛布を羽織る。ヘレーの足取りはほっとして見えた。

「お加減は如何でございますか、ニィカ=アロアーラ様」

「だいじょうぶ。……でも、のどがかわいたみたい」

「かしこまりました。すぐにお飲物を」

 ヘレーは足早に扉を出たかと思うと、すぐにもどってきた。

「申し付けてまいりました。……ところで、ニィカ=アロアーラ様」

 ニィカはベッドに座りこんだままできょとんと彼女を見上げる。

「朝の一件でございますが、ニィカ=アロアーラ様がお望みになるならば、小鳥への餌やりをなさっても宜しゅうございます。その他の世話は使用人が行います由はご了承くださいませ」

「いいの?」と返事ができたのは、おおきな目を何度かぱちぱちさせてからだった。

「ええ。机に穀物を用意してございます。早速餌皿をお取り致しましょうか」

 こくっとうなずいてベッドから出る。小鳥は無邪気な表情で羽づくろいに精を出していた。


 ヘレーの静かな手つきが鳥籠の小さなとびらを開け、餌皿と水入れを引き出す。のこっていた殻を払う。汚れを拭きとる。ニィカはそのひとつひとつにじっとまなざしを向けていた。

 ニィカのちいさな手でひとつかみ。穀物を餌皿にさらさらと盛る。ヘレーはその間、水入れに新しく水を満たしていた。

 ヘレーが開けて支えている鳥籠の扉から、ニィカは餌と水を順に入れた。羽根にうずめるようにしていた小鳥のつぶらな目がくるりとこちらを見た。逃げませんように、とニィカは心のなかで祈る。

 手を引っ込めると小鳥は跳ねるように餌に近づき、首をいそがしく動かして穀物をひとつぶずつついばみ始めた。

 ニィカはそのようすを眺めているうち、胸になにかがつかえたような、のどの奥が苦いような、奇妙な気持ちになった。


「ニィカ=アロアーラ様。お飲物をお持ち致しました」

 いつの間にかヘレーが手にしていた盆の上には、湯気を上げる大きなカップ。

 両手でカップを包んで飲みものをすする。胸のつかえがちょっぴり溶けて、声の出るすきまができた。

「……さっき、わがまま言ってごめんなさい」

「無理もないことでございます。お気になさらないでくださいませ」

「ねえ、あたしがわがまま言ったら、ヘレーはあたしのこと、きらいになる?」

 ヘレーは答えを言いたげに口を開けたまま、一瞬動きを止めた。その口が閉じて、沈黙があって、ようやくふたたび開く。

「私の感情は問題にはなりえません、ニィカ=アロアーラ様。ニィカ=アロアーラ様の身の回りのお世話を致しますのは私に課せられた仕事でございます」

「きらいにならないってこと?」

 ヘレーの眉がひそめられるのを、ニィカは不安な気持ちで見つめた。

「……ええ、今のニィカ=アロアーラ様でございましたら、そう捉えて下さっても結構でございます」

 ヘレーがほんとうはどう思っているのかはっきりと汲みとることはできなかったけれども、ニィカはこくんとうなずいて、それ以上はたずねないことにした。

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