1. 白馬の騎士
穏やかな初夏の昼下がり。とある地方領主の城で、ギュミル=リヒテスは跪いていた。
「こんな……、ひどい裏切りではありませんか……!」
絶望と怒りに満ちた表情で彼を責めたてるのは、領主の娘。花も恥じらう可憐な令嬢と聞いていたが、今は白い頬を激昂に紅潮させている。
「ご期待に添えず申し訳ありません、姫君」
対してギュミルは淡々と謝罪の言葉を述べる。内心では謝る筋合いなどないとため息をついていた。
「フランツィスカ、そんなことを言うものではないよ」
領主が娘を穏やかにたしなめる。白髪に白ひげ。年をとってからできた子なのだろうか。
「お父様……! ……そう、お父様が悪いのですわ! あんなことをおっしゃって!」
フランツィスカと呼ばれた娘は、怒りの矛先を父にむけてわめく。
「しかしだな……、嘘ではないだろう? 彼は白馬に乗ってきたようだし、れっきとした王国騎士だし……」
たじたじと娘をなだめる領主。甘やかして育ててしまったのか、強く出られないようだ。
フランツィスカはきれいに結い上げた髪が解けそうなほどに勢いよく首をふる。
「それでも! 『フランツィスカ、明日の晩餐会には王城から白馬の騎士が迎えに来るそうだ』などと言われれば、どれほど若く見目麗しい騎士が来てくださるのかと期待もします! それが! それが……!」
領主の娘はギュミルを手で示した。
「……ご期待に添えず、申し訳ありません」
厳つい顔と体を有し、黒々とした蓬髪に顔を覆うほどの髭を生やした白馬の騎士、ギュミル=リヒテスは頭を下げたまま、フランツィスカに対して謝罪の言葉を繰り返した。