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星は雪色に瞬く

父娘のようで親子じゃない関係

作者: 妖鈴

 双子の兄であるヴァレンティーンは、独身で暇さえ見つければ旅行をしている男だ。それに反してオレはもう結婚して子供までいるというのに、彼はこの年になっても未だに嫁さんを見つけずふらふらと色んな国に行っては様々な女性との恋を楽しんでいる。正直双子の弟としても同じ男としても、たった一人だけを愛して、落ち着けばいいのにと思う。

 そんな兄が亡くなった親友セーファス・ハイラントの娘、リゼルを引き取った。彼女に身寄りがないからだという。確か親戚は他国にいたようなと思ったが、その親戚を思い浮かべると彼女には少々酷なのかもしれない。彼女の親戚、いわば彼女の母親の従姉であるヴェローニカ・ユロフスカヤは随分と厳しい女性だった。今は結婚して苗字も変わっているだろうが、ロシア人の苗字というものは発音しにくくて今ひとつ覚えていないというのが本音である。そんな彼女はひとつ年上のオレたちにも厳しい態度を取り、何かと体裁を気にする人だとは思っていた。そしてリゼルの母親のルーシュカ・ハイラント(旧姓はポリフォン)、その身内にさえもとても冷たく接していたのを覚えている。オレも兄もそんな彼女の厳しさは嫌いではなかったが、やはり小さなリゼルのことを考えたのだろう。それにロシアはとても寒い。たまにロシアに行っていただとかヴェローニカに会っていたという話は聞いていたが、慣れぬ土地で一緒に暮らすとなるとやはり難しいのだろう。兄は彼女に有無を言わさずにリゼルを引き取ったのだった。

 結婚さえもしたこともない男が小さい女の子を引き取るなんてと最初はとても不安だった。それに兄のことだから幼いリゼルでさえも、手を出すのではないかと心配していたがそんな心配は無用だったようだ。驚くぐらいに彼は子煩悩になっていた。どんな女たらしでもこうなるんだなとは感心したが兄の彼女への溺愛ぶりは些か過度ではないかと思う。


 今日だって、彼は幼い彼女にデレデレと頬を緩ませて笑っている。

 そう、気持ち悪いくらいに彼は溺愛していた。

 今日はオレの仕事も休みで、オレの嫁さんに「たまにはお兄ちゃんに会ってきたら?」と言われ、会いに来たのだった。ここ最近忙しくてヴァレンティーンに会えなかったのもあるし、何しろ親友の子供の成長は自分の子供の成長のように見るのは楽しみだった。それと兄が間違いを犯していないかという小さな不安もあったが。

 今日は「お昼に昔からのお気に入りであるカフェにて待ち合わせな」と前々から約束していたので、少々遅れながらもそこへ行ってみると視界に入ったのは先ほど言ったとおりに気持ち悪いくらいにデレデレと頬を緩ませながら、ストローでジュースを飲む幼いリゼルを眺める兄のヴァレンティーンの顔だった。

 正直双子の兄として思いたくないくらいの表情に他人の振りをしてしまいたいのだが、同じ顔だそれは無理だろう。それに今日は会う約束をしているしこちらは少々遅刻もしている。溜息を吐きながら、まだこちらに気づいていない二人に声をかけた。


 「…悪ぃ。約束に遅れた」

 「んー、気にしてねーぞ~。ほら、リゼルー。クレーシャスが来たぞ~」


 そうオレの方を見向きもせずにヴァレンティーンはリゼルに言うと、リゼルは両手でコップを支えながらオレを見上げ可愛らしく笑った。


 「こんにちは!クレイおじさま、ひさしぶり!」

 「おー、リゼル。久しぶり。元気にしてたかー?」

 「うん、元気。わたしね、クレイおじさまに会えるの楽しみにしてたよ」


 そうふわりと微笑むとこちらの頬まで緩んでしまう。ヴァレンティーンがそれ以上に緩みきった顔をしていたのは見ないふりで。

 二度目の溜息を吐きながら、兄の隣の席へと腰掛ける。軽くメニューを眺めて、近くにいた従業員に声をかけパスタとコーヒーをオレの分と兄の分で二つ頼んだ。「リゼルはなにがいい?」と兄が聞けば、「パンケーキ!」と答えるので、飲み終わったジュースのおかわりのついでにパンケーキも一緒に頼んだ。

 暫く経つとパスタ二つとパンケーキが出てきて、オレたちはそれを昼食として食べ始める。軽い談笑をしながら食べ始めるが、それでもやっぱり兄はリゼルばかりを見ているのだった。生クリームがついたリゼルの口元からそれを救い舐める。リゼルはありがとうとニコニコと屈託のない笑みでお礼を言うのだった。


 「…兄ちゃん、すっかりパパになってんな」

 「だろぉ~?やっぱ子供っていいな、幸せになれる」

 「自分の子はもっと可愛いぜ?この前だってうちの娘が、パパが一番大好きって言われて、オレ嬉しかったし」

 「でも、いつかはパパが一番じゃなくなるんだろうなぁ。リゼルも今はオレが一番好きって言ってくれるけどさ~…。あ゛ーやだ!!そんなこと考えたくねぇ!」


 食べながら奇声を上げた兄に驚きながらも、オレは一口、パスタを口へと運ぶ。オレ以上に親バカかこいつとか思いながら、兄を見つめれば彼はふっと笑いながらパスタのソースの口元をナプキンで拭う。


 「結婚してなくても実子じゃなくても、やっぱり小さい子って言うもんはいいな。きっといつかオレのもとからリゼルも離れるんだろうけど、何があってもオレはこの子の味方でいたいよ」

 「…何回も言うけど、結婚しねーの?子供が好きなら結婚して家庭作ればいいじゃん」

 「一人の女の子に縛られたくないっていうのがあるけど、まあ本音はリゼルのことを考えたらな…。きっと自分の子供が出来たら比べちゃうだろうし、リゼルをおざなりにしたくないんだ。そう思うと、もう残りの人生はリゼルのために生きようかなって。…大切なセーファスとおちびちゃんの子供だし」

 「そこまで考えてたんだな、意外。兄ちゃん的にはそれでいいのか?」

 「おう。いいのいいの。リゼルと幸せになれるし。なー、リゼル!」

 「ん?」


 いきなり話題を振られたリゼルは首を一瞬かしげながらも、うんと首を縦に振った。それにしても兄がここまで彼女に入れ込んでいるとは思わなかった。けれども、そんな兄の横顔を見れば満ち足りた表情をしているのがわかる。こんなにも彼女を愛しているのだと、大切にしているのだと、子供を持つ身としてもそれを実感した。しかしそれでもリゼルにとって、ヴァレンティーンは父親でも兄でもない。育ての親にはなれるが、彼女の父親は永遠にセーファスだ。だが本当に下手すれば、育ての親とあれどリゼルをいつかひとりの女性として見るのではないだろうか?それに今は幼いが成長し思春期を迎えたらきっとリゼルにだって反抗期の時期があるだろうし、女性の成長で避けられない月のものの相談だってあるだろう。はたまたもしかすると彼女自身が育ての親の兄を恋愛対象としてみてしまうこともあるんじゃないかって色々な問題がのしかかると思う。そんな時に母親のような存在になれる女性は不可欠ではないかとオレは思うが、彼はあまりにも能天気で「どうにかなる」ときっぱりとオレに宣言した。

 そんな思考を張り巡らしパスタを口に運びながら何度目かわからない溜息を吐くと、不意に肩をぽんぽんと叩かれた。横を見ればリゼルが少し怒った顔をしてオレを見ていた。しかしそんな怒った顔も生クリームが付いてるのでなんだか愛らしい。女の子はどんな顔をしてても可愛いなと思っていると、リゼルがその小さな両手でオレの頬を掴む。両手でオレの顔をつかみながら、自分の方へと向かせるとこう一言。


「ためいきばっかりだと幸せ逃げちゃうんだよ!クレイおじさま、今日ずっとためいきばっかりっ!」


 このやりとりを見ていたヴァレンティーンは大笑いをするし、リゼルはむくれて頬を膨らませてる。自分の娘が一番可愛いが、さっきも言った通りこんな顔だって彼女は可愛い。兄ほどではないがこんなふうに女の子の仕草の一つ一つが可愛くてしょうがないのは、一生治らないんだろう。

 ごめんねと彼女に謝ると、彼女はいいもんといいまたパンケーキをほおばるのだった。兄はといえばまたもやニヤニヤと笑いながら、食べ終わったパスタの皿の上ににスプーンとフォークを並べてコーヒーに口付けていた。


 「あらかた、オレのこと考えて溜息ついてたんだろ」

 「…まーね。自覚してるんだったら、オレを悩ませるんじゃねーっての」

 「おめーがオレのことで悩みすぎなんだっつの。双子のオレを心配してくれるのは嬉しいさ、勿論。でもなー、これからもオレは自分が好きなよーに生きていくし。おめーはそこまで悩まなくていいって」

 「…オレは兄ちゃんに幸せになって欲しいんだって」

 「はは、ありがとな」


 そう言うと兄は穏やかに笑った。兄はとても楽観的といえば楽観的だし、いつだって、どんな時だって、笑顔を絶やさない。いつも柔らかな笑みでいる人当たりのいい人だ。

 だからこそ、双子の片割れである彼には幸せになって欲しいのだと願う。

 それから食べ終わったパスタを兄と同じようにスプーンとフォークを皿の上に重ねて、コーヒーを飲み始めるとリゼルもパンケーキを食べ終わったようでおいしかったと言う声が聞こえた。

 それから満足そうな顔をして、オレの方を見る彼女。そしてオレにこう問いかけた。


 「お昼ご飯も食べ終わったし、今日はどこいくの?クレイおじさまがどこか連れて行ってくれるの?それともヴァレンおじさま?」


 にこにこと笑う彼女につられてオレも笑いながら、ヴァレンティーンの方を見ると兄もまた穏やかな顔をしてオレを見ていた。

 

 「どこいこっか、クレイ」

 「あー…なんも考えてなかったな。でも、ここらの近くに移動遊園地が来てるって話聞いたけど」

 「へえ、それは知らなかったな」


 すると遊園地という単語を聞いたリゼルはキラキラと目を輝かせて、オレ達二人を見ていた。


 「移動遊園地?!いきたい!」

 「お、そうするかー?んじゃ、クレイ。案内は任せた」

 「へーへー、分かったよ」


 移動遊園地へと行くことを決めたオレ達は席を立ち支払いを終えて店を出る。今日はオレが支払うから、次はよろしくなと告げる。そしてその間にしっかりと兄と彼女は手を繋いでいた。何とも言えない身長差。兄はとても背が大きい。ついでに足も長い。すごい身長差だなと思いながら財布を仕舞っていると、リゼルがやはり同じように背が高いオレを見上げていた。そしてその腕をオレへと伸ばしている。なんだろうと思いながら首を傾げていると、兄はふふんと笑いながらこちらを見ている。

 「リゼルがクレイと手ぇ繋ぎたいだと」

 「そうなの?」

 「うん!」


 そっかと返事をし、彼女の小さな手を握る。やはりとても小さく柔らかい。しっかしまあ、こんな大男二人が揃いも揃って小さい女の子と手を繋いでいるという状況は何とも面白い光景だろう。そんなことを思いつつも、隣を見れば兄もリゼルもとても幸せそうな表情をしているので、オレは思わず顔を綻ばせてしまう。


 「んじゃ、いくぞー!」

 「おー!」


 そう言ってオレ達は三人仲良く手をつなぎ、移動遊園地へと向かった。





 彼女と兄の関係は父娘ではない。親友の子とそれを見守る後見人。

 それでも二人の様子はまさに父娘そのものだった。

 そんな関係でも二人は幸せなのだろう。それならいいんだとオレは安堵した。

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