好きだった
最後の大会のシーンが少し長いです・・・。
あの頃の私のあの子への募る想いは確かなもので、それは色々なところで確かに功績を残させた。
大会に全校生徒で行われた中間テストでも、学年五位になってキャリアの中で一番良い成績を残した。
それから野球にも身が入り、やっと始まった最後の大会では主将で、一番遊撃手でスタメンだった。4打数2安打のマルチヒットに2盗塁。守備でも幾つかのピンチを救い、弱小高校のうちの高校は創立以来初めての二回戦進出を果たした。
その後も運と勢いが私たちの高校を後押しして順調に勝ち上がり、私の人生でも初めての決勝へと進出した。
まさかここまで来るとは部員全員思ってもいなかったことで驚いたけれど、その分皆が甲子園を確実に意識することができて、「ここまで来たら甲子園にでたい」全員が思えたことでチームが一つにまとまることができた。
でも前日のたった一つの出来事が私の運命を大きく変えてしまった。
どうしても決勝戦を胡さんに見に来てほしかった。そうして俺は胡さんに「明日応援に来てくれない?」と声をかけた。
「良いよ。どこでやってるの?」とあっさりと上達した日本語で答えてくれて、俺は本当に嬉しくてその時は気付かなかったけど、その場面を戸田さんに見られていた。
その日は大会前日と言うことで、軽めの練習で早めに終わったので、部員たちと談笑していると、戸田さんが俺を呼び出した。
「祐史君ちょっと良い?」冷やかされながら送り出された俺を見て、初めて戸田さんは小さい声で「ごめんね」と謝った。突然のことに「良いよ気にしないで」と言いながら、この時俺は明らかにいつもと違う様子に気付いていた。
でもその理由が発覚したのはそれから一ヶ月も過ぎてからだった。もしこの時に理由を知れていたら、私はたった一人で闘っていた彼女をしっかりと受け止めていただろう。そのことが今でも悔やみきれない。
少し歩いて誰もいない教室に着いた。「どうしたの?」と俺が聞くと、少し涙ぐんだような声で「明日勝ったら甲子園でしょ?」と言った。
俺が頷くと「そしたら私には手も届かない存在になっちゃうんだね」と窓の方を見ながら彼女は呟くように言った。俺は笑いながら「そんなことないよ。学校にだってちゃんと今まで通り来るから」と言ったが彼女は首を横に振った。
「こんなに頑張っても祐史君は振り向いてくれなかったんだもん。だから私は今日で祐史君の事諦めるよ。ごめんねこんなに付きまとって」彼女は少し無理に作ったような笑顔を浮かべて言った。突然のことに俺が驚いて何も言わずにいると彼女は続け
「でも明日もし負けたら最後に私とデートして。約束だからね」と言った。皆は「頑張って勝ってね」と言ってくれていたのに、一人だけ、たった一人だけ反対のことを言ったのが彼女だった。俺が「負けると思ってる?」と聞くと
「どうだろう?でも祐史君は勝ちに行くと思うわ。それに勝って欲しい」と自分から提案したにも関わらず彼女ははっきりとそう言った。
「なんだそれ」と俺が笑いながら言うと彼女は「自分でもよくわかんない」と首を傾げながら笑った。
「約束だからね」そう言って教室を出て行った彼女の後姿は、何か大きい決意をしたように堂々としていた。
多分彼女はそう言えば私がデートしたくなくて必死になると思って言ったのだろう。でもそれは私には裏目に出てしまった。
私の中に確実に戸田さんの存在が入り込んできていた。
大会の当日、球場前で会った戸田さんは昨日のことなど忘れたように「頑張ってね」と満面の笑みで言った。そして胡さんは遠くから俺にわかるくらい大きく手を振ってくれた。
この日も俺は一番遊撃手でスタメンだった。
一打席目は相手の投球術に完璧に翻弄されて凡退した。相手高校はここ数十年間、うちの県で甲子園出場を独占している強豪高だった。
それでもなんとかピンチを凌いで迎えた5回に俺がヒットを打ったのを口火にこの回で二点を先取して2−0とした。
しかし7回にエースが相手の打球を受けてまさかの負傷退場し、代わりの投手が投げることになった。不安が的中し、この回で一点を返され2−1となった。
8回の攻撃で俺は四球で出塁すると、監督からの「足でかき回せ」という指示で盗塁を試みたがそれが裏目にでた、捕手の投げた球が俺の脚を直撃したのだ。相手の遊撃手がわざと捕らなかったようにも見えたが、あまりの激痛にそんなことを考える余裕も無かった。
ユニフォームをまくると、ボール一個分の青あざが丁度脛の位置にできていた。それでも出たいと言う意志と、仲間の「先輩いなきゃ勝てないです」と監督の「お前に任せる」という言葉で俺は二塁ベースに戻った。
結局その回は無得点で終わり次の回も凡退し、相手の最後の攻撃に突入した。この回を凌げば俺たちの甲子園出場が決まる。そんな時俺は遊撃手の守備位置に着く時観客席にいる戸田さんを見つけてしまい、小さな迷いが生じた。
このまま俺は勝って良いのだろうか?昨日の彼女が頭をちらついた。
それでも無事に1アウトにこじつけたが、1塁・3塁とピンチを迎えた。その二球目打者の打った球は俺の前に転がってきた。勢いはあったが、普通の俺ならゲッツーにできる球だった。
でも俺はその球をトンネルした。さっき球の当たった右足が踏ん張りきれず体勢が崩れて捕ることができなかった。もう指の先まで来ていた甲子園出場の切符が遠のいていくのを感じた。
3塁ランナーが生還し、俺のことを信頼していた左翼と中翼の間を球が抜けて行き、一塁ランナーも生還した。
俺の最後の大会はサヨナラ二点タイムリーエラーで終わった。泣くこともできず、ただ呆然と座り込んでいる俺に仲間たちが「ドンマイドンマイ」と心底そんなことも思ってないだろう言葉をかけていった。
俺は少し戸田さんの方を見ると、彼女は泣いていた。「負けたらデートして」と言っていた彼女が泣いていた。
そこで俺はやっと悔しさでやりきれなくて泣きながら拳を地面に叩きつけた。整列をして礼をして、俺の高校最後の夏が終わりを迎えた。
俺の脚の怪我は重度の打撲と診断され、野球で俺に残されたのは右足に残った打撲の青あざだけだった。
それから学校は夏休みに入り、戸田さんとのデートが行われたのはそれから少ししてからだった。一緒に近くで行われていたお祭りに行った。
そこに現れた彼女は浴衣を着ていて、普段の雰囲気とはまるっきり違っていて驚いた。それに俺は彼女を可愛いと思った。
「どう?」と少し身体を動かしながら聞く彼女に、俺は照れ隠しで「いいんじゃない?」と言うと、それでも嬉しそうに笑顔になって「ありがと」と言った。
二時間と短い時間だったけど、二人で屋台の並ぶ道を何往復もして、色んな話をして笑いながらすごした。それから公園に行き買ってきた花火をしながら話した。
終わりに二人身を寄せて線香花火をしている時に彼女はこう聞いてきた
「最後の大会で祐史君最後エラーしたじゃない?」俺は小さく頷くと「あれってわざとだったの?」と言った。
「わざとじゃないよ。でも正直に言うと戸田さんのことが頭をよぎった・・・。これで勝って良いのかな?って」俺が正直にそう言うと「そっか・・・じゃあやっぱり私のせいなんだね」と呟いた。
「やっぱり?」って聞くと「なんか最後祐史君こっち見たような気がしたから。でも嬉しいよ、私の事ちょっとでも考えてくれて」と無理に作った笑顔で彼女は言った。急に彼女が突然すごい不幸に見えて可哀想な気がした。
「これで私は祐史君の事諦めるから、自由に恋してね」彼女の言葉に、彼女は俺が胡さんを好きってことを知っているんだと気付いた。
「でも悔しいな・・・私ホントに祐史君の事・・・」少し涙ぐんだ声で言い始めて、突然間を開けて沈黙が流れた。
「でも私ホントに祐史君の事・・・」二回目もそこでつっかえてしまった。「祐史君のことがどうしたの?」デリカシーのかけらも無かった俺はそう急かした。
「ごめんね。やっぱりダメみたい。言わなくてもわかるでしょ?」と言われ頷くと「良かった」と言って立ち上がった。多分彼女は「好きだった」といいたかったのだろう。
そこで俺たちは別れた、これが俺たちが交わした最後から7回目の言葉だった。
言葉は人と人を繋げることのできるもので、それによって想いを伝えることも容易にできる。
でも言葉を失っても、どんなに相手に伝えることが困難になっても伝える事を諦めてはいけない。
諦めなければ必ず相手に届くのだから。