LOVE
クラスの大半の進路が決まり始めた二月下旬。そろそろ卒業も近づき、ちらほらと卒業旅行の話などを耳にするようになった。
もちろんうちらのグループでも卒業の話しは持ち上がったが、俺は正直気が乗らなかった。早苗のこともあるけれど、何より胡さんと行くということに少し抵抗があった。
あれからまだ俺たちは互いに気まずさに包まれていたからだ。
俺から突然謝るのもよくわからないし、今さら言い訳なんてする必要があるのだろうかとも思う。気まずさを解く方法もわからないまま時間だけが無情に過ぎていった。
それでも俺と早苗の関係は日増しに近づき、順調というほかないくらいだった。
医師に言われた早苗に外出をさせるという話を早苗の両親に持ちかけてみると、二人とも少し戸惑ったような表情を浮かべた。
確かに急に外出させることが両親にとって心配なことは重々承知していた。俺が親だったとしても迷うところだろう。
それでも最終的には「祐史君がずっと一緒にいてくれるなら安心だから」と俺が早苗から目を離さないことを条件に認めてくれた。
「ありがとうございます」俺は早苗の両親の暖かさに心からお礼を言い深々と頭を下げた。まるで結婚を認められたかのような俺の態度に、早苗の両親は顔を見合わせて恥ずかしそうに苦笑いした。
早苗をどこに連れて行こうか。そんなことを考えていた時久々に幼馴染の三人だけで話をした。
「おい祐史!何考え事なんて似合いもしないことしんてんだ」そう悪戯に笑いながら俺に声を掛けてきた照雄は野球部だった時よりすっかり髪も伸びて雰囲気も少し変わっていた。
「うるせぇ」そう言った瞬間に二人とも笑顔になっていた。このやりとりいつぶりだろうか?たった半年前の出来事が俺にとっては遠い昔の出来事のように懐かしく思えた。
照雄の傍らにいる君恵は空気の読めない照雄を肘でつつき「祐史卒業旅行何処行きたいか決めてくれた?」と言った。
昔から君恵は人の感情の変化に気付くことができる人間だった。でも今は君恵のその優しさよりも、何も考えずに突っ込んできてくれた照雄の図々しさの方が俺には嬉しかった。
「悪い。まだ決めてない」そう言うと素っ気無く「そっか」と君恵は言った。深くは追求しては来ない方が今の俺にとっては逆に辛い。胡さんと行きたくないんだ。なんて自分から到底言える気がしなかったから。
一緒にいるのにしばらく黙り込んでそれぞれの時間を過ごしていた。それに耐え切れなくなったのは照雄だった。
「なんかよくわかんねぇけど、あれだ。連れてくればいいよ」急に何を言い出すのかと思いキョトンとする俺に照雄は続ける
「なんていうだっけあの子?・・・そう戸田さんも」照雄の言葉に君恵はまた「何言い出すの」という表情で睨んだが、俺は照雄に感謝した。
「それだったら行きたいとこあるんだけど」思いもよらない言葉に照雄と君恵は黙ってこっちを見つめる。
「ほらみろ」って顔で君恵を見返して照雄は「どこに?」と少しワクワクしてるように言う。
俺は躊躇うこともなく即答した「スペイン」と
今のように手頃な値段で海外旅行ができる時代じゃなかったあの時代に、高校生が海外に行くことは決して容易ではなかった。それでも私はあの頃どうしてもスペインに行きたかった。
「なんでスペイン?」そう聞く照雄は不思議そうな表情を浮かべた。現実的に考えればそんな表情をされてもおかしくない。
「ちょっといろいろあってね・・・」そういった瞬間に「隠し事なんてしないで!」と怒鳴ったのは照雄ではなく君恵だった。びっくりして黙る俺に君恵は続けながら涙ぐんだ。
「なんでも話してよ。私たちをもっと頼ってよ。言ってくれなかったらわかってあげられることだってわかってあげられないじゃない!」俺はそう言って、下を向いて小刻みに肩を揺らしながら泣く君恵をただ見つめることしかできなかった。
すると照雄がいつになく真剣な顔をして君恵の代弁をするかのように言う。
「だったら行こうぜスペインでもどこでも」手で君恵の頭を撫でながら、目は的確に俺を捕らえながら言った。
「でも・・・」と言いかけた俺の言葉を照雄は遮り「でももだってもないだろ!なんで行きたいのかはわかんないけど、それでお前の抱えてる悩みは解決すんだろ?だったら行こうぜ」そう言って照雄はまた悪戯に微笑んだ。
「君恵はホントに祐史のこと心配してたんだよ。最近ホント元気ないって。どうしたら前みたいに笑い合えるのかって」その照雄の言葉が聞こえてか、君恵はまた肩を揺らしながら泣いた。
そんな風に考えていてくれたんだと初めて知った俺は、今までの自分の愚かさにも初めて気付かされた。今まで一緒に馬鹿やって、一緒に笑ったり、泣いたり、何でも言い合っていたのに、いつの間にか変な気を使うようになっていた。それが三人の間に壁を作るとも知らずに。
「悪かったな迷惑掛けて」俺がそう言うと照雄は笑いながら「お前は馬鹿なくらいが丁度良いんだよ」と言った。
「うるせぇ」と言い返す時には、俺たちはまた自然に笑顔になっていた。
スペインに早苗と一緒に行きたいということを早苗の両親に告げると、快く了承してくれた。何を言わなくても早苗の両親には全てを見透かされているように思えた。
逆に言った俺が「良いんですか?」と聞き返すと「急は急だけど、なんか祐史君らしい考えだったからね」と笑顔で言われたから。
俺がスペインに行きたい理由は簡単だった。ただ早苗と同じ環境を味わっておきたいと思ったからだ。
失語症は「日本人がフランスのパリに一人で旅行したような状態」と言われている。だから俺も、自分がどこにいるかもわからない、何を言われているかもわからない場所に行ってみたかった。
それと生きる創造物で未だ建設途中の「サグラダ・ファミリア」を見たいからだった。何度か雑誌で見て感銘を受けたのだ。
設計者のガウディは既に亡くなっていて、設計図も残されていないらしい。それでもガウディの弟子たちによって建設は続けられている。
それは弟子たちがガウディの意志を守りたかったからなのだろう。完成は2026年前後と言われていて、きっと完成した姿は俺は見ることができないと思う。でも未完のサグラダ・ファミリアになんとなく俺は浪漫を感じていた。
そして早苗に言葉じゃ言い表せない何かをそこから感じ取ってもらいたかったし、言葉にできない感情を共有できたらと考えていた。
だから俺はスペインに行きたかった。というより行かなきゃいけないという使命感にも似たものを感じていたのだ。
そこに言葉なんて必要ない。私たちは心で繋がっているのだから。