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家の郵便受けに一通、俺宛の封筒が投入された。今日は丁度一週間前に受けた大学入試の結果発表だった。

俺は学校にも遅れていくと連絡し、万全の状態で結果発表の封筒を待っていた。

誰もいないリビングのテーブルの上に一度封筒を置いた。今のように推薦なんてなかったこの時代、もしこれで不合格なら浪人して来年挑戦するしか俺には残されていなかった。

それ以外にも他の大学という手段もあったけど、余り物大学なんて行く気は俺にはさらさらなかったから、この結果に俺の将来全てが掛かっていると言っても過言じゃなかった。

もし神様が本当にいるのなら俺の努力を理解してくれるだろう。早苗のもとへ毎日行き、早苗の病気を治したくて医学部を目指して毎日深夜まで勉強して、朝は家族の誰よりも早く起きて、新聞配達をして家計を助けていた。

早苗の病気を知ってから約半年間そんな生活をしていた。まさに人が変わる勢いで俺は努力し続けた。

でも不安は拭いきれない。最後の模試での結果はあまり良いとは言えず、俺は志望校C判定だったのだ。それでもまだ一般的には珍しかった言語聴覚士という職業になるためにはその大学が一番理想的で、それ以外の大学は県外にあり毎日早苗に会うことが困難になる。だから俺はこの大学一本でいくしかなかったのだ。

ドキドキしながら封筒に手を掛けると、小刻みに自分の手が震えているのがわかった。こんな時精神力の強い母が物凄く羨ましくなる。あの図々しさはなぜ俺に遺伝しなかったのかと。

それでも封筒を開けて中に入っているものを出すと、色々な種類の書類が沢山出てきた。なんとか検定とかそんなのも受けたことのない俺はただただ全ての書類に目を通した。

納期期間・振込・同意書。そんなことが書かれたプリントの後に合格・不合格の核心の書かれたプリントを発見し、見た瞬間俺は家を飛び出していた。




走り出した俺の頭の中ではすでに向かう場所は決まっていた。もうそれ以外頭にはなかった。

この喜びを学校でも親でもなく、胡さんでもなくて、俺は一番早苗に伝えたいんだと頭が理解した時、既に身体は走り出していた。

この喜びをどうやって彼女に伝えよう?彼女の家に向かう途中早苗の父に鉢合わせた。

「どうしたんだいこんな時間に?」早苗の父は俺を見るなり驚いたように言った。それもそのはずだろう、普通の高校生なら学校に行っている時間だったから。

たいした言い訳も見つからずにいる俺に早苗の父は、全てを見透かしたように笑い「まぁ早苗に会ってやってくれ」と言って俺の肩をポンポンと叩き歩き始めた。

早苗の部屋のドアを勢いよく開けると、早苗はいつものようにベッドに座って簡単な本を読んで勉強していた。そして突然入ってきた俺に、少し驚きながらも笑顔で「おはよう」と伝えた。

俺は少し息切れしながら興奮気味に「おはよう」と言い、早苗に一番伝えたかったことを伝える。

「大学受かったんだ」俺の言葉に早苗は笑顔を浮かべ、拍手して祝ってくれた。この前大学受けるという話をしていたからか、俺の表情で読み取ったのだと思っている俺に彼女は言う

「おめ・・・で・・・とう」言い終わってから彼女は少し顔を赤らめて屈託のない笑顔を浮かべた。顔を赤くするのは新しい言葉を初めて人前で使うときの彼女の癖だった。

「練習したの?」と聞くと彼女は小さく頷いた。「ざんねんだったねとかも?」と聞くと彼女は俺がなんと言ってるかわからなそうな顔を浮かべた。

祐史が大学落ちるわけないなんて誇るような表情を浮かべる彼女を俺は強く抱き寄せた。




二月の中旬ごろ暇になっていた俺は久々に早苗のリハビリに付き添いで病院を訪れた。

そこのリハビリステーションは複合施設で様々な障害を持った方が訪れていることに半年経って俺はやっと気付いた。医大に受かったということで少し勉強も始めていたので、そこも少し興味深かった。

すると一人の先生が俺に近づいてきて「早苗ちゃん頑張ってるね。どんどんよくなってる」と楽しそうに言った。一度は見捨てたような奴らが何言ってんだと思いながら、良くなって当然だとも思っていた。彼女の努力を一番近くで見ていたから。

さっき神様がいたら俺の努力がとか言ってたけど、彼女の努力に比べればおまま事のようだった。彼女にとっては話すことも、書くことも、音楽を聞くことすらリハビリなのだ。

彼女はもともと学校でも頭がよくって学年の上位に入っていたし、部活も熱心にやっていたこともあり、もともと努力家だったことが常に努力を求められるこの病気では不幸中の幸いだった。

早苗がリハビリをしている間少し担当医師と話していた。ほとんどのことは聞き流す程度だったが、一個良いなと思えることを言っていた。

それは早苗を外に連れ出してみてはどうかということ。失語症は心理的に孤独感に陥りやすいことから、社会に慣れさせたほうがいいということだった。確かに早苗はほとんど家にいて、話すのも俺か母か父だけだったから。

リハビリが終わって戻ってきた早苗は少し表情が晴れやかだった。なんとなく調子でも良いのだろう。そういことが彼女はすぐに表情に出るのだ。

でも早苗がそんな表情を浮かべてくれるだけで俺は素直に嬉しかった。




押し付けがましいかもしれない。でもまたあなたと太陽の下、手を繋いで歩ける日を夢見てるんだ。

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