プロローグ
60歳を超える男女四人の話です。
どんよりと重苦しい雲が空一面に広がっていて、今にも雨が降りそうな空だった。
でも私はそんなことお構い無しに、庭にテーブルと椅子を出して、座って朝食のパンにジャムを塗って食べた。昔から私は天気に自分の行動を左右されるのが嫌いだった。
子供の頃雨でプールが中止になるのも、雨で遠足が延期になるのも、雨で体育祭が中止になるのも納得できなかった。
でもこんな曇り空は、私の一番の青春時代だった18歳の頃を思い出させるようで嫌いではない。
「そういえばまたあの季節がやってくるな・・・」私は一人空に向かって呟いた。
昼下がりの公園で私は友人を待っていた。
約束の時間より二十分も早く来てしまったので私は時間を惜しんで、まだ読み終えていない小説をしおりの挟んである部分から読み始めた。
読み始めてから間もなくして、二人の友人が姿を現した。彼らは結婚してもう35年も経つのにまだラブラブで、街では人の目など気にもせず手を繋いでいた。
いつだか二人に「何故長く一緒にいてずっと好きでいられるのか」と聞いたことがあった。その時彼らは口を合わせて「好きだから」と答えた。
答えになっていないようにも感じられるが、私には確かにそれがもっともな答えだった。好きだから好きなのだ。愛に理由など必要ない、私は彼らの答えにそう学んだ。
「ごめんね待たせちゃって。まだあの子来てないの?」
彼女の問いに私は何も言わずに頷いた。私は昔から一人の時間が長くなれば長くなるほど口数が減る癖があった。今も読書をしていてどっぷり一人の時間に漬かっていたので口数が少なくなっていた。
「しょうがないなあいつは。いつものことだけど。」
今度は彼の方が口を開いた。相変わらず息の合っている二人だ。いつもこの調子で私は彼らといると孤独を強く感じていた。
遅れること五分。やっとあの子が姿を現した。一ヶ月ぶりに見たあの子は歳の割りにかなりスタイルがよくて、顔立ちも綺麗で、相変わらず私の初恋の子だった。
「ごめんなさい遅れちゃって。」
息を切らしながら謝るあの子に誰一人怒る様子もなかった。私たちにとってこのやり取りは特別なことではないのだ。
「今日は何処に行くの?」
彼女はそう言って私の方を向くと、皆私の方を向いた。場所取りや皆をまとめるのは昔から私の役目だった。
「今日は○○って店行こう。この間テレビでやってておいしそうだったから。」
そう言うとあの子が間髪いれずに
「テレビね〜定年してだいぶ暇なんだね。昔はテレビなんて全然見なかったのに。」
いたずらに笑うあの子はあの頃と何も変わらなかった。
「うるさい」私は一言であの子をあしらって、四人で歩き始めた。周りから見たら少し変な絵に見えたことだろう。六十そこそこのおっさんとおばさんが四人で歩いているなんて。
見せについて席に着くなり話し始めるのは決まってあの子だった。その内容は大抵自分のことで、車庫に車を入れるのが去年より時間掛かるようになったとか、電車で高校生の男の子が席を譲ってくれたとか、自分が最近歳を取ったと感じる時の話だ。
それでももともと口数が少ないうちのグループとしてはだいぶ助かってきた。それに私はあの子の話す話が昔から好きだった。
そんなあの子の話はいつも店員が食事を運んできた時に終わる。どんなに中途半端な形でもあの子の興味が話から食べ物に移って終わる。
それからはいつも昔話に花が咲く。私たちは会えても月に一度なので、今までの40数年の私たちの思い出が語りつくされることはない。
最後には恋愛の話にもつれ込み、彼女と彼の話になる。彼らの話は話せば話すほど新しい事実が発覚してきりがない、それに私たちの老化に伴うボケで同じことを聞いても大抵の場合誰も気付かず、初めて聞いた話と扱われる。
そんな時珍しく私とあの子の恋愛話に白羽の矢が立った。きっかけは彼女の言葉だった
突然「私たちばっかり話してて、あなたたちの聞いたこと無くてずるいわ。」と言って私とあの子に言った。
そう聞いてあの子は即座に「私は恋愛の事は考えたくないわ。離婚してからは特に。だから祐史が話して。」そう言った。
「私ずっと聞きたかったんだ。なんで祐史が結婚しないのか。」
彼女は目を輝かせて、肘杖をしながら私に顔を近づけて言った。
「そういえばそうだな。俺も聞きたい。別にもてない訳ではないし、お金も持ってるし、どうして結婚しないんだ?」
かぶせる様に彼は言った。
「そりゃ・・・
言いかけたときあの子が入ってきた。
「もしかしてまだあの事引きずってんの?」
図星だった。あの子にだけは話していた私の秘密。
「あの事?知らないわ私。」彼女の言葉に「俺も知らない。」と言って彼も食いついてきた。
「あれ言っちゃまずかった・・・?」口をふさぐ仕草がやけにわざとらしく、彼女が私に気を使ってくれたことがすぐにわかった。
「いつかは話そうと思ってたんだけど・・・。もう思い出したくもないから一回しか話さないからちゃんと聞いててくれ。」
皆は何も言わずに頷いた。私が今真剣であることを感じ取ってくれたのだろう。
「じゃあ話すよ。その事について・・・」
一話目からは主人公の回想に入ります。