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プロローグ
僕は遠い場所にいる。
僕と、おそらく彼女しか知らないこの場所。
意思とは裏腹に湧き上がる衝動は僕の中で何度も反響し、さらに大きくなっていった。
『行きたい』
振り返れば地平線の彼方に消えてなくなる道。戻ることは許されない片道切符を心の隅ににしまい、先を見つめている。
孤独だ。
『あの場所に行きたい』
『ここにはたくさんの人が眠っているのよ』
思えばもう30年も前になる。子供の頃母と行ったあの場所。大きな樫の樹の下に小さな石碑が建っていた。僕が覚えている母の言葉はそれだけだ。
『あの場所に戻りたい』
無口な母だった。
姿とあの言葉以外に覚えていることはない。
寂しかったんだ。
声を聞きたかった。
温もりを感じたかった。
優しく髪をほぐして欲しかった。
たくさんの愛を注いで欲しかったのに。
僕の気持ちは揺れ動き、落ち着くことはない。ずっと嫌いだった。でもなぜか温かかった。
あなたに会えれば。
樹の下であなたに聞けば。
そんなちっぽけで儚いな僕の気持ちの理由のどこかが分かるような気がしてならなかった。