四幕~晴れ舞台へ~
元治元年四月。
松原通り木屋町で発生した出火に新選組は出勤し、不逞浪士数名を捕まえていた。
彼らを拷問すると、長州の人間が多数入京していて、中には吉田稔麿、桂小五郎などといった大物も混じっているらしい。
土方は各組長に不逞浪士を片っ端から引っ捕らえよと命令し、観察方も大阪方面まで出張させた。
八木は自室で、新選組隊士達が各方面に散っていく姿を見ていた。
その中に沖田の一番隊もいた。
隊の羽織を一様に身につけ、出陣する一番隊を見た八木は、
「京の情勢もだいぶ動いている様だな。春なのに嫌な空だぜ……」
新しい鉄扇で肩を叩き、赤黒い死油を飲みながら薄暗い京の空を見上げた。
そして一月が経ち五月になった。
京の町も少しづつ蒸し暑くなってきている。
一月経つが、小物の浪士しか捕らえる事が出来ずにいて、土方は不機嫌であった。
煙管の煙が、土方の部屋を包む。
突如、勢いよく部屋の障子が開いた。
「うわっ、煙い! 部屋の空気を入れ替えて、少しは落ち着いた方がいいですよ。隊士達も頑張ってるんですから……って何を隠したんです?」
突然の沖田の来訪に、土方は焦りながら、何かの書を隠した。
土方の顔は紅く婦女子のようだ。
部屋には丸まった紙が散乱し、机の上にはさっきまで使用していた筆がある。
「……突然何だ、総司? 用が無いなら市中見回りに行け」
散乱した紙を回収しながら、土方は言う。
「見回りなら、今行ってきたばかりです。ところで、今書いていたのは手紙ですか? そこまでして隠すとなると、個人向け……どこかの婦人用ですか?」
首を振りながら土方は、
「違う。俺は色々忙しいんだ。茶を飲んだら、出て行けよ」
そう言い、沖田に茶を汲んだ。
その茶を飲み置いてある饅頭を食べながら、
「最近の京の町並みは不気味ですよ。特別大きな事件は無いが、いずれ来る大きな事件の為の準備期間のような気がする……」
「やはり、お前もそう思うか。だが、京の町に大物の浪士が居るのは確かだ。大きな事件が起こる前に新選組が先手を打って、その者達が企てる計画を叩き潰す」
ぬるくなった茶を飲みながら、土方は言った。
饅頭を食う沖田は、
「ふふっ、私達が晴れ舞台に上がる為の踏み台にするわけですね。これは、私も頑張らねば
……ごほっ、ごほっ!」
沖田は突然咳をして、茶を飲んだ。
「……これから暑くなる。京の夏は酷暑だ。体調管理も気を使えよ」
「わかっていますよ……」
そう言うと、沖田は出ていった。
土方の部屋から出た沖田は少し廊下を歩き立ち止まった。
懐から丸まった紙を取り出して広げる。
「これは、俳句……?」
癖のある字で、俳句が書かれていた。
沖田はその内容を読んでいると、ふと目が止まった。
「ふふっ、可愛いお人だ。だが、今の我々に迷いはいらない……」
宙に紙を捨て、抜いた刀で微塵切りにした。
しれば迷いしなければ迷わぬ恋の道。
と書かれた紙が、風に飛ばされて散っていった。
※
六月に入り、京の町はかなりの暑さが地面の土を焼くように増している。。
あれから一ヶ月が過ぎたが、暗躍する長州藩に関しての情報はさっぱり手に入らなくなった。
土方は煙管の煙を吐きながら、自室で観察方の集めた情報を整理していた。
六月五日早朝――。
京の地図に、今までの観察方からの情報のあった店などを、朱で印を付けていく。
すると、ほぼ全域が朱で染まったが、四条だけが二ヶ月前の出火騒ぎの時の朱丸しか付いていない。
土方は煙管を吸い、にっと笑った。
「副長。四条にて不定浪士を一人捕らえました。こやつはかなり重要な話を持っている模様」
障子越しに観察方の山崎が任務の報告をした。
土方は立ち上がり、
「そいつの拷問は俺がする。一、二、三番隊の組長は直ぐに出動出来るよう待機させろ」
山崎にそう命じると、煙管を吸いながら不逞浪士専用に作った拷問部屋に向かった。
※
土方が両手に付いた血拭きながら拷問部屋から出て来ると、一番から三番隊は駆け足で四条木屋町に急行した。
長州との内通者は四条木屋町で古道具を扱う商人、桝屋喜右衛門こと古高俊太郎。
現場に到着した沖田は桝屋の表扉を激しく叩いた。
まだ早朝の為、店の人間は起きていないのだろう。
痺れを切らした永倉と斎藤は扉などぶっ壊してしまおうと言い、隊士達に槍で表扉を突かせて破壊させ始めた。
しばらくすると、表扉が破壊されると共に店の主人である桝屋喜右衛門が出てきた。
「……新選組の方々。こないな早朝から桝屋に何の用ですか……?」
桝屋は青ざめた顔で言った。刀を抜いた沖田は、
「古道具商桝屋喜右衛門こと古高俊太郎。貴方は長州の不逞浪士をかくまい、武器や弾薬を渡している疑いがある。屯所までご同行願おうか」
そう言うと、隊士達が古高の身体を縄で縛り上げ、屯所へ連行した。
そして沖田は、
「桝屋内部にある武器、弾薬を必ず見つけだせ! 邪魔する者あれば斬ってかまわぬ!」
隊士達は桝屋に突入した。
その後をゆっくりと沖田は続いた。
額から汗が流れる。
桝屋内部に突入し一時間ほど立つと、斎藤の三番隊から報告があった。
どうやら桝屋には地下室があるらしく、そこに武器や弾薬が眠っているらしい。
隊士達は片っ端から畳をひっくり返すと、何やら地下室に続く階段が見えた。
その階段を降りた。
すると、薄暗い地下室にはおびただしい刀、槍、鉄砲や弾薬の数々が並んでいた。
「これは……。京の町で合戦をするつもりか……!」
沖田は息を飲み、隊士達に桝屋の事を任せ桝屋を出た。
古高の容疑は確定である。
後は吐かせるだけ――。
沖田は一つの案が浮かび、島原へ走った。