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新選草紙  作者: 鬼京雅
8/16

鴨と死油

芹沢の猛攻は止まらない。

近藤一派は誰もが身体に傷を負い、体力の限界を迎えていた。

刀を床に突き刺し、沖田は疑問に思っていた事を口にした。

「芹沢先生。戦いの途中で飲んだ小瓶は、人間の血ですね?」

沖田の質問に、近藤達は目を細めて沖田を見た。

「どうゆう事だ総司?」

土方は脇腹を手で抑えながら、言った。

「ふふっ、恐らく芹沢先生は死油を飲むと、死者の生前の生命力を自分に還元して傷を癒す事が出来るのでしょう。そうですよね? 八木さん?」

沖田は振り向かずに、後ろで隠れていた八木に言った。

隠れていたのがばれた八木は姿を表し、

「……恐らく、総司の推理で当たりだ。なぁ芹沢……」

当の芹沢は口元を歪め、

「死油の事はお前が教えたのか? 八木邸の息子よ? お前もだいぶ死油の中毒者のようだからな……」

「何故知っている……!?」

八木は芹沢が、何故死油を使っている事を知ってるのかが気になった。

「……冥土のみあげに教えてやるよ。死油を飲むと目が段々と赤くなる。それだけの話だ」

芹沢は左手で目をこじ開けながら言った。

八木は死油を飲むと目が赤くなるとは知らなかった。

近藤達はいまいち何の話だか解らず、八木と芹沢を見つめている。

「何はともあれ、芹沢の死油はもう尽きた。後は、芹沢を刻んで終わりだ」

土方は、止まっているこの場の時を進めた。

芹沢はくくっと嗤い、

「残念だったな土方。死油の効果は二十四時間。つまり、今日は俺は死なないのさ」

『だから何だっ!』

近藤と土方は芹沢に突貫をかけた。

他の近藤一派もそれに続く。

沖田は、八木の元へ駆け寄った。

近藤達は芹沢に致命傷となる傷を与え続けるが、すぐに芹沢の傷は回復しただ体力だけが消耗していく。

皆、刀を床に突き立て、肩で息をしている。

その時、一番消耗の激しい土方を狙って、芹沢の刀が迫る――。

「ちっ!」

いち早く反応した沖田の刀が芹沢の刀を防いだ。

「沖田君。もう諦めろ」

「いや、諦めません!」

沖田の刀が芹沢を袈裟斬りに斬った。

芹沢はそれを避けようともせず、受けた。

芹沢の身体から血が吹き出し、流れる。

「ぐっ……これはっ……!?」

傷が治らず、芹沢は苦痛に顔を歪めた。

沖田は赤い真新しい血の着いた刀を構えた。

その血は八木宗一郎の血――。

「やはり、死油能力者には死油能力者の血が通用するのか……。芹沢先生、祭りは終わりです」

沖田は一瞬で間合いを詰め、芹沢の心臓を突き刺した。

「ぐっおおおっ……! 同じ死油能力者を殺すのかぁ! 貴様っ!」

芹沢は充血した目をこじ開け、八木に問う。

突如、八木は芹沢の方に向かって走り出し沖田の刀の鍔元を両手で掴んだ。

八木の血が芹沢の心臓に流れていく――。

ビクビクッと全身が震え上がり、芹沢は痙攣し始めた。

『消え失せろーーっ!』

八木と沖田は同時に叫び、刀に力を込めた。

芹沢の身体が赤い光に包まれ崩壊していく。

「死油を宿す者、そして死油に関わる者はろくな死に方をしない……理解されない力に脅えながら、いつまで生にしがみつけるかな……?」

芹沢は最後にその言葉を残し、消滅した。

八木と沖田は、お互いの握り締めた刀から、芹沢の感触を肌で感じた。

何故かその感触は、温かい物のように感じた。





芹沢が死んだ翌日は、まるで真夏に戻ったかのような太陽の日差しが、京の町に降り注いだ。

八木邸内では、局長・芹沢鴨の葬式が淡々と行われていた。

参列する会津藩の連中の顔は、芹沢が死んだ安堵の目と、近藤一派に対する恐怖の目が混在していた。

「会津の連中……。よく芹沢の前に顔が出せるものだ」

鉄扇で肩を叩き、呟いた。

八木はこの葬式は狐の化かし合いだと思い早々に自室に引き上げた。

葬式が終わり、近藤は葬式の業者に百両という大金を払っていた。

良く見ると、確かに大名の葬式のような豪華な葬式だった。

百両という大金を使ったのは、新選組局長の「格」という物を上げる為の演出のようだ。

各々の欲望が入り乱れる中、芹沢の葬式は無事終わった。




夜になると、隊士達は芹沢の葬式の事など完全に忘れ、島原に繰り出した。

今の隊士達は近藤一派が京、大阪の道場を回り集めた者達で、芹沢に対する忠誠心は無かった。

「くぁ~っ……」

八木は欠伸をしながら夜風に当たっていた。

向かいの前川邸の方をぼうっと見つめた。

芹沢の葬式後、近藤達は内部が崩壊した前川邸の材木を片付けていた。

ある程度自分達で内部を片付けて、後は業者に頼んで修復してもらう予定だ。

明日にも、八木と前川の家族が大阪の親戚の家から帰ってくる。

前川の家族には、芹沢が暴れたと説明し、新選組側が改装費用を出すと言えば納得してくれるだろう。

近藤達は内部の壊れた材木を全て片付け、前川邸を出た。

八木が夜の景色を見ながら酒を飲んでいると、自室の障子の前に人影が映った。

その人物は、無言で障子を開けた。

「……」

八木が振り向くと、沖田は無言のまま部屋の壁に座り、壁に寄りかかった。

二人の間に多少沈黙が流れ、沖田が切り出した。

「……自分と同じ能力を持った芹沢先生を自分の力で殺した。悔やんでるんですか? 悲しんでるんですか? それとも……」

「楽しんでる訳がないだろう!」

畳を叩き、八木は感情を露にした。

その八木にふふっと笑いかけた沖田は、

「よくわかりましたねぇ。私の次の台詞が。やはり貴方が私の……」

「おい、総司!とっとと壬生祭りに行くぞ!」

階下から土方の大声がした。

八木と沖田は見つめ合い、

「……ですって。八木さんも行きましょうよ。地元の祭りは楽しまないと」

言うなり、沖田は八木の部屋を出た。

「貴方が私の……。一体何なんだっ!」

もう一度畳を叩き、八木は自分の部屋を出た。

沖田の存在は、まるで自分を監視する鏡のように恐ろしい。

だが、自分を理解する、もう一人の自分のような気がしてならない――。

八木は壬生祭りに向かった。





壬生祭り。

京の洛西にある壬生の小さな祭りである。

祭り太鼓が鳴り響く壬生神社の境内を、八木と沖田は歩いていく。

近藤達は、祭りに来た女を口説き各々の女と共に祭りを楽しんでいた。

露店で買った割りばしの先端に付けられた飴を舐めながら二人は悠々と店を見て回る。

一軒の的当て屋を見つけ沖田は止まる。

「……的当てですか。面白そうですね」

三段ある棚の最上段にある鉄扇子を見つめ、弾である碁石を一つ構えた。

「親父、金はここに置く。十発撃てるぜ総司。はたして、何個落とせるかな?」

冷静に沖田は狙いを定め……撃った。

碁石は正確に飛び最上段にある鉄扇を弾いた。

が、鉄扇は全く動く事は無い。

「流石に鉄扇の重さは碁石じゃ動かねぇだろう。違うの狙ったらどうだ?」

「ふふっ。初めて会った時、八木さんの鉄扇に傷跡を付けてしまいましたからねぇ。それのお詫びに、機能的なあの鉄扇を落としてあげますよ」

「機能的……?」

八木が最上段にある鉄扇をよく見ると、柄の部分に一寸ほどの刃が飛び出ていた。

沖田は的確に狙い碁石を的に当てていくが、鉄扇はびくともしない。

振動で隣の蛇の小さな置物が落ちた。

その置物を受け取り左手に持つと、沖田は飴の付いた割りばしを口にくわえ最後の一発の碁石を持つ。

息を整える沖田はふと後ろの人ごみを見て微笑む。

すると沖田が突然後ろを振り向き、

「お乳が丸見えですね……」

と呟いた。

八木と店の親父は一斉に振り向くと、浴衣姿の女の片乳が丸出しになっていた。

女の浴衣の中に、何かが入ったらしい。

浴衣の中に入った異物が何だかわからなかったらしく、女は片乳を慌てて隠した。

八木と店の親父は、

(良いものを拝んだぜ……!)

と心の中で思い喜んだ。

「……親父さん。鉄扇落ちたんで貰えますか?」

えっ!? という顔をしながら、店の親父は最上段の鉄扇を見た。

置いてあった最上段には無く、棚の後ろを覗くと鉄扇が落ちていた。

親父から鉄扇を受け取ると、沖田は地面に落ちている碁石を拾い店を後にした。

鉄扇を沖田から貰った八木は、

「……尻に刃があるとは便利だ。しかも収納出来るときた。にしても、よくこんな重い物落とせたな」

「フフッ。簡単な事ですよ」

飴を舐めつつ、新しい鉄扇をいじりながら碁石を手で遊ばせる沖田の方を見た。

その手にはまだ舐めきっていないはずの飴が無い。

(そういえばあの手の碁石は最後の弾のはず……。それに、蛇の置物も持っていない……。まさか……!?)

「さあ、祭りも本番のようです。楽しみましょう。みあげ物はちゃんと選ばないと、女の人は怒りますよ」

「ちょっ……総司……!」

八木は沖田に手を引かれ、太鼓の勢いが増す方へ連れていかれた。

そして、互いはみあげに匂い袋と簪を買い、紫煙屋で馴染みの女と情事を尽くす。

沖田は事の後に芹沢が惚れていた女の顔を見て芹沢の死に顔を思い出し、八木は痛む心臓の苦痛に意識を奪われていると沖田の顔を思い出す。

その光景は自分が沖田を殺し、八木宗一郎が新選組の羽織を着ている姿であった。





芹沢達の死後一ヶ月以上が経過した。

隊士達も増えて八木邸と前川邸が手狭になってきた頃、土方が新選組の新体制を発表した。




局長  近藤勇

総長  山南敬介

副長  土方歳三


組長 

一番隊 沖田総司

二番隊 永倉新八

三番隊 斉藤一

四番隊 松原忠司

五番隊 武田観流斎

六番隊 井上源三郎

七番隊 谷三十郎

八番隊 藤堂平助

九番隊 鈴木三樹三郎

十番隊 原田左之助

諸士取締役兼監察方 山崎丞、島田魁、川島勝司、林信太郎


勘定兼小荷駄方    河合耆三郎、尾関弥兵衛、酒井兵庫


それに加え、小荷駄方、勘定方などの雑務的な役職も作られた。

この新体制により、新選組は水を得た魚の如く機能的な武装組織として加速していった。

新撰組の名声と悪名が日本中に轟く晴れ舞台まで、あと少しである。





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