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新選草紙  作者: 鬼京雅
7/16

三幕~二人の死油~

文久三年九月十六日。

九月になって雨続きだった京の町は、珍しく快晴だった。

前川邸と八木邸の家族は、近藤一派の計らいにより大阪の親戚の方で一週間ほどゆっくりしている。

つまりは八木邸に近藤一派、前川邸には芹沢一派しかいないという事だ。

例外で八木邸の息子がいるが、近藤一派は身内のように思っており気にしなかった。計画の邪魔をするなら、斬れば済むと全員が思っていたからである。

その日は、朝から近藤、土方は刀に打ち粉をうち自身の愛刀をこれでもかというくらい熱心に眺めていた。

他の連中は隊士募集の方に行っていて留守である。

沖田は自室の窓から、刀を抱きながら空を眺めていた。

快晴の空に少し灰色の雲が混じり初めている。

「こりゃちょうどいい。もしや、芹沢先生の呼び寄せた雨か……?」

空を見つめる沖田の下に、八木が出てきた。

八木は空を眺める沖田を一瞬見たが、そのまま島原へと向かった。




夕刻。

沖田の予想通り、雨が降った。

土方は、八木の家族が居ないからといって夜更かしはするなといい、早々に八木邸の雨戸を閉めた。昼間に島原で性欲を発散した為、隊士達は八木邸内から出ず早めに寝た。

それから近藤の自室に集まり、近藤一派は斬り込みの最終確認をした。

近藤、土方、沖田は芹沢を斬る。

山南、永倉、原田、藤堂、井上は他の芹沢一派を。

前川邸には、芹沢一派の妾のような女共が出入りしており、もしも居た場合はためらいなく斬る事となった。

時刻は日付が変わる寸前の刻限であり、外は普通の声では会話が聞き取れぬほどの土砂降りとなっていた。

近藤一派は網傘をかぶり、喉の紐をきつく締めて刀の目釘を湿らした。

全員、音も無く近藤の自室を出た。

黒く染まる雲が京の空に浮かぶ満月を半分隠している。

前川邸の入り口には、網傘をかぶり、黒い手拭いで鼻から下を隠した黒づくめの集団が、忍び足で侵入していった。

土砂降りの空に、鼓膜を切り裂く音と黄色い雷が一閃した。

鳴り響く雷が、開戦の狼煙を上げているようだった。

一方、島原から帰ってくる途中で土砂降りにあい傘が壊れた八木は、壬生神社で雨宿りをしていた。

「最悪だなぁ。こりゃ朝まで止みそうにねぇかもな……」

鉄扇で肩を叩き、八木は呟いた。





前川邸の雨戸を事前に外から外れるように改造し、侵入者達はそこから中に入り二手に別れた。

突風のような勢いで、近藤、土方、沖田は芹沢の部屋へ向かう。

山南達は、これから情交をしようとしていた平間の部屋に入った。

平間は仰天し、女を山南の方に突き飛ばした。

「今日、ここにいた運命を呪え……!」

ためらいなく山南は刀を一閃した。

女の首が飛んだ。

突然の悲鳴に異常を感じた野口と平山は、情交を止め、衣服を着て刀を取った。

そこに、永倉と藤堂が侵入してきた。

二対二とはいえ、奇襲を受けた野口と平山は狼狽して、女を突き飛ばして逃げた。

「いい女だ。が、斬る!」

「すみません!」

永倉と藤堂の刀が女達の首を飛ばした。

そして、逃げた二人を追う。

とりあえず前川邸から脱出したい二人は入り口の方に来た。

すると、槍を持った大柄の男が突然、槍を繰り出してきた。

声も出せぬ野口の心臓が串刺しにされ、息絶えた。

「うわぁぁぁぁっ!」

原田の槍だと気付き、絶叫を上げて逃げる平山の背中に井上の無言の一撃が放たれ絶命した。

二人を追いかけてきた永倉、藤堂が入り口に着き立ち止まった。

雨戸が蹴り飛ばされ、刀の血を拭いながら山南が入り口に来た。

と同時に、大砲の爆発音のようなおかしな雷音がした。

空に、閃光が散っていてそれを山南は見上げた。

(ここまでは計画通りだ。後は芹沢を――)

急いで芹沢の部屋に向かう山南組は、近藤組の現状を甘く見ていた。

先程の異音は、とてつもない戦いが始まる合図だったのである。





芹沢の部屋に着いた近藤組は、部屋の障子を開け放った。

すると、窓側の障子を開け放って月光に照らされる悪鬼のような芹沢の顔が浮かび上がった。

近藤組が一瞬たじろぐと、芹沢の方から話かけて来た。

「夜分の祭り大いに結構。だが、この新選組局長芹沢鴨に一言も相談無しとは何事か!……どうなんだ? 土方?」

土方は黙ったまま、芹沢を見つめた。

三人は網傘と口の手拭いを取り、刀を構えた。

芹沢は最近出来上がった、浅葱色のダンダラ模様の羽織を着ていてまるで今日の襲撃を知っていたようである。

「土方。お前の考えなどお見通しよ。多摩の百姓上がりが武士になろうなど片腹痛いわ! 近藤を飾り達磨にしても、百姓に京の治安は守れん」

そう言うと、芹沢は妾のお梅を布団の上に仰向けの状態で倒した。

「土方、お前がこの部屋に入って一番に考えた事を実行してやるよ」

近藤達は目を開けたまま、ごくり……と唾液を飲んだ。

何と、芹沢は妾のお梅を脇差しで突き殺したのである。

呻き声を上げ、お梅は絶命した。

そのまま芹沢はお梅の死骸を乗り越え、近藤達の方に進んだ。

近藤達は刀を構える。

そして芹沢が刀を片手で振り上げた瞬間――。

天変地異の如き激しい音と振動と共に、前川邸の二階は崩れさった。

近藤達は闇に墜ちた――。





木の破片が舞い散る雪のように落ちてくる……。

「歳、総司、大丈夫か……?」

目の前に広がる埃の霧を払いつつ、近藤は言った。

木材を払いのけながら立ち上がる土方と沖田は、

「ああ、問題ねぇ!」

「フフッ、芹沢先生は祭りを楽しみにしていたようだ……」

三人は辺りを確認した。

すると、前川邸の二階部分が無くなり自分達は一階に居た。

単純に二階部分の床のみが落ちた為、外からは前川邸の変化に気が付く事は無い。

土方は最近、会津から譲り受けた大砲の火薬が減っていたのは芹沢が盗んでいたのかと確信した。

芹沢は火薬を上手く使い、今の爆発を起こしたのだろう。

埃の霧が段々と薄くなっていき、刀を肩に担いだ芹沢の姿が浮かび上がってきた。

「どうだ諸君! 祭りとはこうあるべきではないのかね! さぁ、祭りの本番を初めようか……」

芹沢は懐から取り出した小瓶をグイッと一口飲むと、小瓶を懐にしまって突っ込んで来た。

芹沢の刀が近藤に迫る。

「おおおっ!」

一進一退の刀の鍔迫り合いが始まる。

近藤に集中している芹沢の背中に、土方の突きが迫る――。

「奇襲しかない貴様の攻撃など単純過ぎて目を開けるまでもないぞ」

蹴りで近藤を吹き飛ばすと、上半身を回転させ土方に刀を繰り出した。

「ぐっ……!」

芹沢の激しい剣圧に土方は後方に圧された。

刹那――。

壊れた材木を利用し飛んだ、沖田の斬激が芹沢の脳天めがけ迫った。

「小癪な天才だ!」

唇を噛みしめ沖田の斬激を防いだ瞬間――。

近藤の一撃が芹沢の胸を横一文字に切り裂いた。

「ぐはぁ……!」

胸から血を吹き出し、芹沢は倒れた。

三人は倒れる芹沢を確認し、刀を納めた。

「芹沢の野郎、無駄に前川邸を壊しやがって……」

土方は煙管を吸いながら言った。

落ち着いて周りを見回すと、とても内部は人が住める状態じゃないほど崩壊している。

「芹沢先生は祭りが好きなようでしたからねぇ。最後は華々しく逝きたかったんでしょうか……」

芹沢の死骸を見つめながら言った沖田に近藤は、

「だか、帰ってきた前川の人達にどんな説明をするべきか……。お前はどう思う、歳……」

近藤が土方に振り向くと、土方は煙管を落とした。

脇腹に刀が突き刺さっている……。

後ろには、芹沢が土方に抱きつくような格好でくっついていた。

「歳ぃぃぃっ!」

近藤が叫ぶと同時に、沖田は飛鳥が如く芹沢に斬りかかった。

芹沢から離れた土方を自分の後ろにし、音速の太刀を芹沢に浴びせていく――が。

全身を刻まれても、芹沢は倒れる事は無かった。

沖田は芹沢の心臓に突きを繰り出し、右足で強烈に蹴った。

転がる石のように芹沢は材木の塊に突っ込んだ。

「……いい太刀筋だ、沖田君」

芹沢は材木を掻き分け、立ち上がった。

そして懐の中の小瓶を口につけ、飲んだ。

すると、芹沢の全身の傷が癒えていく……。

「馬鹿な……!」

沖田は傷が癒えていく芹沢に唖然とした。

近藤は土方の脇腹の傷を手拭いで縛り上げた。

そして、苦痛に顔を歪めながら土方は立ち上がる。

「流石は新選組の神だ。後方からの不意討ちの突きを腰をひねって致命傷を避ける奴は今まで誰もいなかったぞ」

「うるせえ……化け物が……!」

土方は答えるが、声に張りが無い。

すると、数人の足音が立て続けに聞こえる。

「近藤先生! 状況は!?」

芹沢一派を片付けてきた、山南組が現れた。

「てめーら全員覚悟しろ。敵の大将は殺しても死なない。最悪の状況だ……!」

刀を構える山南達に、土方が答えた。そして近藤は、

「各自、芹沢を中心に陣を敷け!相手が死なないなら、細切れにするまでだ!」

近藤一派は芹沢を中心に陣を敷いた。

「楽しくなってきたな。来てない役者は後一人か……」

芹沢はそう呟くとにやりと嗤った。

その時、八木は豪雨の中を走って島原から帰ってきた。

土砂降りで耳がよく聞こえない状態にも関わらず、前川邸から激しい物音がした。

びしょ濡れの為、早く家に戻りたかったが、前川邸の事が気になって邸中に入った。



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