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新選草紙  作者: 鬼京雅
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動き出す殺人専門家

近藤派が京、大阪の各地の道場を回り、新選組の隊士となる者達を集めた。

すでに土方が書いた手紙が監察方の山崎によって配られており、各道場に行った者達は竹刀で試合をして新選組の実力を見せつけた。

山崎は土方が京に着いた頃に知り合った者で、土方が「自分達はいずれ日本を守る武士となる」という言葉に感動し、使い走りとして影の任務を行っていた。

会津藩お預かりとなった今は、正式に監察方として働くようになった。

一月も立たない内に、新選組は五十人近くの大所帯となった。

それを副長の土方と山南が各部署に配置した。

芹沢派は特に隊士募集を手伝う事もなく、新人隊士は近藤派の人間が集めた為に表向きは芹沢が筆頭局長だが、裏では皆が近藤こそが誠の局長だと思っていた。

まだまだ問題点はあるが、組織としての基礎があらかた出来た事に土方は満足した。

九月に入ると、まるで梅雨が戻ってきたかのように雨が多くなった。

まだ暑さが続く京の町は、憂鬱な顔を空に見せていた。

土方は自室に籠り、何やら部屋の見取り図のような物に朱の色で丸を付けていた。

観察方の山崎から、会津から譲り受けた大砲の火薬が減っていると報告を受けたが、直ぐには使わないからほおっておけと伝えた。

以前芹沢が豪商を焼き討ちにした時に使ったもので、おそらく芹沢がまたどこかの豪商を脅そうというものと土方は思う。

少しすると、近藤派全員が土方の自室に入ってきた。

「これが前川邸の見取り図だ。朱の丸印の場所に人数を集め、芹沢派を逃げないように追い込む」

一人、一人に土方はその日の配置を説明した。

近藤、土方、沖田は芹沢に向かう。

山南、永倉、藤堂、原田、井上は他の芹沢派を殲滅後、近藤組に合流する。

もしも、身内の隊士や知り合いがいたとしても、ためらいなく斬る。

会津藩から指示が出ているとはいえ、実際はただの暗殺である。

身内が身内を始末する話が表面化すれば、新入りの隊士達の士気に確実に影響してしまうだろう。

新選組はこれから羽ばたく鳥である。

羽に刺さった、異形の汚れをを取り払い、大空へ羽ばたく――。

激しく雨が降る中、一刻ほど芹沢暗殺の話をし、決行当日まで誰もその事は口にしなかった。





翌日も朝から少し雨が降っており、沖田は縁側で空を眺めていた。

すると、赤い洒落た傘を持った八木が現れて、気分転換に島原に行く事になった。

島原に着くと、八木の行きつけの遊廓である紫煙屋で遊女を買った。

八木は馴染みの女を買い、沖田は八木に進められた小柄で色白の娘を買った。

二人は別々の部屋に案内され八木はいつも通り湯を浴びて汗を流し、事に移った。

沖田の方はというと、娘に背中を流してもらってる最中に生娘という事を告白された。

(今日は私が気を使いそうだな……)

そう思いつつ、沖田はまだ幼さの残る女と寝床に入った。

事が終わり娘は沖田の手を握って、

「また来て下さい。沖田様」

と顔を赤らめながら、頭を下げて出て行った。

廊下に出ると、八木が沖田を待っていた。

「総司、あの生娘はどうだった? あの娘はお前の事が気になってたらしく、初の相手はお前になるように仕組んだのよ」

その事を薄々感ずいていた沖田は、

「やはり……。まあ生娘とはいえ、私もだいぶ疲れが取れたので、この先に控える仕事に集中するだけです」

「結構、結構。じゃ、行くとするか」

八木と沖田は紫煙屋を出た。

雨は未だに止んでいないが、二人は神社まで歩いた。

境内に入り、屋根がある賽銭箱の左右に二人は腰を下ろした。

「最近、新選組内部がやけに血生臭いが、ありゃ土方の仕業かい?」

降り続ける雨に視線を当て、八木は言った。

「ふふっ、大体はそうですね。新選組はいわば烏合の集。厳しい規律が無ければ、雲散霧消するだけです」

「そしてその烏合の集の頂点、芹沢鴨は新選組の法度である土方歳三の計略によって殺される……」

溜め息をつき、沖田は同じ顔の八木を見た。

八木は続ける。

「似てる顔だけあってか、お前の考えてる事が少しだが読めるようになったぜ。ま、ほんの上っ面だけだがな」

そんな話を続けていると、神社の境内に向かってくる紫色の傘をさした武士が一人いた。

不気味な殺気を纏わせて、近づいてくる。

誰が見ても、参拝客には見えない。

八木と沖田は武士の顔は傘で見えなかったが、同時にその人物が分かった。

新選組局長芹沢鴨――。

そのまま芹沢は賽銭箱の手前まで来て、止まった。

芹沢はまだ、紫色の傘で顔を隠している。

何故ギリギリ屋根の外側で止まったのか? と不振に思ったが、芹沢は明るい口調で話かけてきた。

「そう並んでいると、まるで沖田君が二人いるようだ。それとも、どちらかが狐なのかな?」

 スッと傘から顔を見せた芹沢は言った。

「フフッ、芹沢先生。私達はどちらも人間ですよ。ただ、少し常人と感覚が違いますけど」

袴の裾が雨で濡れる芹沢を見て、沖田は言った。

雨の当たるその場所から動かず、芹沢は続ける。

「……今日は紫煙屋で女を買う予定だったんだが、誰かに先を越されたようでね。気に入っていた女を抱こうとしていた血が収まらんのだ」

じろり……と湿った視線を芹沢は送る。八木の仕組んだ事の本位はここにあると確信した沖田はあの女との縁は簡単に切れないなと思った。

「ところで、新選組の神は新選組を進化させ、日本国を守る武装集団にでもしたいのかね?」

沖田は芹沢の言った、新選組の神を思い浮かべながら答える。

「私には先の事は分かりません。新選組がどの道に進んで行こうと、近藤さんと土方さんについて行くだけです」

八木はそう言った沖田の、迷いの無い瞳を見つめた。

突然、持っていた傘を投げ捨てた芹沢は、

「幕府の力が弱くなり、たかが一つの藩の暴走にうろたえている今、これから日本は大きな変革を向かえるだろう。数年後、時代が鉄砲と大砲が主な武器となった時、沖田君は刀を捨てられるのかね!? 倒幕派の藩は、外国の銃器を大量に買い揃え始めているとも聞く。合理主義のあの神ならば、必ず刀槍から鉄砲に切り替えるだろう。その場所には君と近藤のような剣士の居る場所は無い!」

全身に浴びる雨を気にせず、怒気を込めて沖田に言い放った。

黙ったまま芹沢を見つめる沖田の目は、先程と変わらなかった。 

「私は剣士だ。人さえ斬れればそれでいい。相手が鉄砲を持っていようがいまいが、それを使うのは所詮は人でしかない。でしょう? 先生?」

沖田はそう言うと、立ち上がった。

二人の間を、風に吹かれた猛烈な雨が割り込んでくる。

芹沢は何かを悟ったような顔をし、京に来てもう十人以上は斬った白刃を抜いた。

「君の心は新選組の中でも一番解らない。法度では私闘は禁止されているが、局長命令だ。抜いて貰おうか、副長助勤筆頭沖田総司藤原房良」

雨で濡れる芹沢の刀が、沖田の白い顔を写した。

沖田は無表情で雨の中に出た。

芹沢と沖田は境内の中央で対峙した。

雨は二人の殺気に反応するが如く、強さを増す。

八木はただ見つめるしかなかった。

剣士と剣士の戦い。自分の出る幕は無い。

細く長い雲が流れ、雨は勢いを増す――。

芹沢の目がくわっと大きく開かれた瞬間、鯉口を切った沖田の刀が横一文字に薙いだ。

上段から降り下ろされた芹沢の刀と激突し、激しい音を上げた。

芹沢は沖田の一撃に手が痺れ、後退した。

刹那――。

神速の沖田の突きが芹沢の左胸部を襲った。

「ぬおおっ!」

死にもの狂いで、右に避けた。

すると、沖田の刀は突きから横薙ぎに変換された。

「化け物がっ!」

芹沢は脇差しを半ばまで引き抜き、横薙ぎの一撃を防いだ。

そして右手の刀で沖田の首筋を狙った。

沖田の首筋が少し切れ、血が流れた。

が、当人は全く気にしていない。

「芹沢先生、やはり貴方は素晴らしい。貴方を殺せば、私は更に高みにいけそうだ」

「ははははっ! 沖田君。まだまだ俺も、若造には負けられん!」

二人は鬼のような形相で剣を交わした。

芹沢の刀は大きく旋回し、雨飛沫を沖田の目に飛ばした。

「うっ……」

沖田の目は一瞬、視界を失った。

遠心力のついた芹沢の刀が、沖田の脳天を目掛けて迫る――。

「――うおおおおっ!」

沖田は芹沢が投げ捨てた傘を蹴り上げ、芹沢の刀に当てた。芹沢の傘が真っ二つになり二人は同時に刀を一閃した。

神経を逆撫でする甲高い金属音がし、刀の物打ちから先が二つ空中で回転している。

沖田は脇差しを抜こうとしたが、芹沢の手で脇差しの柄を封じられた。

そして折れた刀の先が落下し地面に突き刺さった。

熱いまなざしで見つめる芹沢は沖田の脇差しから手を離し、

「この続きは、また次の機会に取っておこう。君なら次の機会の日時を知っているだろう……?」

「……」

折れた刀を鞘に納めると、芹沢は境内から姿を消した。

芹沢が姿を消すと、沖田も折れた刀を納め真っ二つになっている紫色の傘を見た。

(芹沢先生は自分が暗殺される事を知っている……。はたして、当日に真っ二つになるのはどちからか……)

びしょ濡れの沖田に、八木は沖田の傘を渡し肩を叩いた。

そのまま二人は神社を出た。

激しい雨に晒される芹沢の真っ二つになった傘は、鮮やかな紫色を境内に発し続けた。


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