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新選草紙  作者: 鬼京雅
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相撲取りとの戦い

会津藩のお預かりとなった新選組は、京都守護職お預かりの肩書きを使い大々的に隊士募集も行う事が出来るようになった。

だが、それは明日以降でいいだろうと芹沢が言い新選組は大阪に夕涼みをかねて飲みに行く事になった。

大阪に向かう小舟に乗る途中、土方が町の薬屋に何やら手紙のような物を渡したのを、沖田は見逃さなかった。

沖田は土方の表情を見て、

(この人は水面下で我々の知らない事をすでに進めているな……)

と思い、これからの新選組を想像した。

が、やはり自分は人を斬っている姿しか思い浮かばなかったので考えるのを止めた。

そうしてる間に小舟は大阪の相撲取りが沢山いる町に着いた。





芹沢を先頭に、新選組は大阪の町を回った。

一番後方で土方は煙管を吸いながら歩いている。

その隣には沖田がいた。

「……総司、芹沢局長がいるぞ」

「ふふっ。それは流石に失礼ですよ。せめて隣の魚にしてあげて下さい」

 魚顔の芹沢を、土方は店に並ぶ魚に例えて言うと、沖田は更に悪どくちょうちん鮟鱇あんこうを指差して言った。

 口を押さえて笑う二人は、何故か前の連中が止まっている事に気付いた。

 途中の路地で三人組の相撲取りの連中とすれ違い、芹沢はぶつかっていた。

「痩せ魚浪人、端へ寄れ!」

そう真ん中の相撲取りに言われた芹沢は、抜く手も見せず脇差しを躊躇いなく一閃した。

白い脂肪を飛び散らせ、鼻の頭に蚊が止まったような顔をする相撲取りは仰向けに倒れ絶命した。

「諸君、私は少し疲れた。今日はあの宿で休むとしよう」

刀についた血と油を絶命した相撲取りの着物で拭い、芹沢一派は悠々と宿に入った。

残された相撲取り二人は泣きながら、

「復讐してやる!」

と言い残し、仲間の遺体を抱えて姿を消した。

芹沢の太刀筋を見た新選組の面々は、一同に唖然とした顔をした。

脇差しで一太刀で絶命させるなんて、沖田でも十回に五回出来るか否かだろう。

土方は煙管を吸うのを止め、

べっ! と汚物を吐くかの如く唾を吐き、芹沢の入った宿に入った。

他の者も黙ったまま、土方に続いた。

沖田は現場に残る血の生臭さを嗅ぎ宿へ入った。




新選組が宿屋に入ってから各々の食事が片付け始めると、何やら外が騒がしくなっていた。

すでに顔が赤くなるほど酒が入り始めたている一同だったが、酒を舐めてるだけで一口も飲まなかった土方が脇差しの柄尻で窓側の障子を開けた。

「とうとう来たか……。芹沢先生、先ほどの相撲取りの仲間が路上で我々に出てこいと叫んでいます。表へでましょうか?」

宿屋の二階から土方が見た光景は、ニ十人ほどの相撲取りが角材や鉄の棒を持ち、

「報復だ!」

と路上で声を合わせ叫んでいた。

芹沢は日本酒の入った小瓶を片手に持ち、

「ほう、この新選組局長芹沢鴨に堂々と喧嘩を売るとはな。よかろう、新選組の名を大阪の町に一気に広めようぞ!」

そう叫ぶと、芹沢は多少よろけながらも大小を帯び、階段を降りていった。

土方は軽蔑するような目で芹沢を見つめた。

芹沢の後を、腹心の新見や平山が続いていく。

そして近藤一派も階段に向かった。

何故か土方は煙管を吸い始め、部屋から路上の力士を見つめている。

沖田は不審に思い、

「土方さん、早く行かないと芹沢先生が腹を立てますよ」

「いや、俺は誰よりも早く相撲取りを斬るぜ」

ふしゅぅ……と煙を吐き出し、土方は言った。

「ああ、なるほど。そうゆう事ですか。土方さんらしいや……ん?」

土方の考えに気づいた沖田はふと相撲取りの方を見ると、野次馬の町人の中に八木の姿があった。

沖田は急いで階段を降り、路上に向かった。

土方の紫煙が、だるそうに空に昇っていった。

宿屋の前では、酒の小瓶をぐいっと飲み干した芹沢が、相撲取り達を恫喝していた。

「諸君等は狂を知らん!狂なるは死、死なるは狂!これは表裏一体のものである。仲間が死んだ事で死を知った諸君等だが、残念ながらまだ狂を知らん。死を知った程度で、この人忠報国の士、芹沢鴨に勝てると思うな!」

地面に酒の小瓶を叩きつけ刀を抜いた芹沢が、まばたきをした瞬間――。

目の前の相撲取りが顔面を真二つに斬られ、絶命していた。

「総司、ぼさっとすんな。さっさと片付けるぞ」

二階の瓦屋根から飛び降り、落下の勢いを利用し相撲取りを斬った土方は言った。

その土方に怒りを感じた芹沢は、狂ったように刀を振るい始めた。

大勢の大阪町人が見つめる中、新選組初の戦いが始まった。

角材や鉄の棒を振り回す力士達の攻撃を軽快な動きで永倉、藤堂はかわし鋭い太刀を入れていく。

芹沢派も無駄なく、力士を斬り伏せていく。

原田は力士の棒を奪い取り、旋回させつつ太鼓を打つ様に叩いていく。

近藤、土方は堂々たる大上段に構え、一太刀で斬る練習をしている。

沖田は自分を見つめる八木と一瞬、目を合わせ、目の前の力士の角材をするりと避け腕を伸ばしきり猛然と突いた。

そして、見るも無残に力士達は崩れさった。

力士側絶命者十二人、重症者五人、軽症者三人。

対する新選組側は軽症三人と、ほぼ損害は皆無だった。

無論、無傷の芹沢は、

「今夜は土方君のおかげで、血が猛ってかなわん。朝まで大阪の芸技を揚げるとするか」

そう言うと、芹沢派は大阪の花町に消えた。

煙管を吸う土方は、紫煙でかすむ芹沢の姿を見て、

「はあ~っ……」

とその霞を払い、不敵に嗤った。





残された近藤一派は、力士達の死体運びを手伝い大阪町奉行所の取り調べを受けた。

戦いの直後、沖田は人込みに消えた八木を探しに現場周辺を歩いていた。

何故か鼻にまとわりつく血の匂いをたどった。

すると、神社の境内に上がる階段に八木が座っていた。

「八木さん、勝手に消えるなんて冷たいですよ。ちゃんと、好物を持ってきてあげたのに」

ゆらゆらと白い小瓶を揺らして沖田は言った。

「総司、何故俺の為に死油を持ってくる? 何か目的があるとしか思えねぇ……」

八木は、最近になって自分が斬った人間の死油を頻繁に小瓶に入れて持ってくる沖田に不審を抱いていた。

「ふふふっ、当然じゃないですか。私も死油について色々とわかってきましたよ……例えば死油を飲むと、死んだ相手の過去が少し見れるとか」

まばたきを全くせず、全てを飲み込むような瞳で沖田は八木に言った。

沖田の底知れぬ瞳に吸い込まれた八木は動揺を隠せぬまま、

「……そ、総司。お前、まさか俺が状態半分で死んだ人間の血を飲んでいると思ってなかったのか?」

「死油を飲んだ後、貴方は一瞬だけ遠い目をする。それはまるで、見てはいけない物を見ているかのような目だ」

核心を突いた沖田の言葉に、八木は黙った。

気にせず沖田は続ける。

「そんな特異な力を持っているんだ、何かしら自分に対して良くない事があるはず……おそらく、対価は自分の命」

八木は顔を伏せたまま答えず、黙ったままだ。

しゅうぅぅ……と二人の間に生ぬるい血の香りがするような風が吹き、沖田は鯉口を切り――。

電光石火の如く二人の間に舞った、緑の葉を斬った。

斬られた葉を八木は目で追いつつ、

「……ふうっ、仕方ねぇ。話してやるよ」

観念した八木は死油について話始めた。




死油とは死んだ人間の心臓の奥にあるわずかな紅の血。

八木は単純にその血を飲む事で、自分の寿命を対価に死んだ相手の過去を少し見る事が出来る。

過去が見れる期限は生者が死んでから一日。

それを越えた死油を飲むと極端に寿命が奪われ、最悪の場合死に至る。

何事にも熱くなれない自分は死油を飲み誰かの過去を見る事によって、寿命を減らしてでも何かに熱くなる人間達の魂を感じたかった。

沖田はその話を聞いて、持っていた死油の小瓶を階段に叩きつけた。

小瓶が割れ、中に入った力士達の血がじぃわ……っと広がっていく。

「貴方は他人の死を喰う死神だな……。だが、貴方はまともでもある。自分で人を殺して過去を見ようとしないからだ」

沖田は八木の隣の階段に座り、言った。

「俺はこんな特異な力を持って生まれちまったからな。初めは子供の時、怪我をした近所の友達の指の血を舐めてしまった事だ。そこで自分の特異な力を感じた。それから俺は血に興味を持ち、飲み続ける内に、いつの間にか死体の血を飲んでいた。そこで死油の真の力を知った俺は、死油を飲み続け、他人の熱を感じつつ死ぬ予定なのさ」

「ならば私の死油を飲めばいい……」

そう言い、沖田は立ち上がった。

その沖田の横顔が酷く儚く感じた八木は立ち上がり、

「総司……一体今日はどうしたんだ?」

いつもと違い過ぎる沖田に八木は戸惑った。

「ふふふっ。この話はまた、いずれ」

大阪町奉行所の取り調べが終わった近藤達が現れ、沖田は近藤達と共に消えた。

八木は神社の階段に広がった死油を見て、不快な気分になった。





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