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新選草紙  作者: 鬼京雅
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浪士組

文久三年・二月八日。

江戸の小石川伝通院に集められた二百名あまりの男達は将軍・徳川家茂上洛の将軍警護という名目の下に、清川八郎を先頭に江戸から京に向かい出発した。

文久三年二月二十三日、夜。

入京した関東の浪士組を京の人間は、不快な物を見る目で見た。

将軍警護が名目とはいえ、変化を嫌う京の町は彼らを軽蔑した。

夜が遅い為と長旅の疲れを癒す為、浪士組はまず遊廓のある島原に向かった。

通り過ぎていく関東の浪士組達を一番冷ややかな赤い目で見ていたのが、近藤一派が泊まる事になる八木源ノ丞邸の一人息子、八木宗一郎である。

「とても将軍警護って感じの連中じゃねぇな。あんな奴らが家に泊まるんじゃ、島原で夜を明かすのが一番だな」

壬生の方に向かって歩いていく浪士組から目を離そうとすると、その一団の中に何故か知っている人物が目に入った。

その人物もこちらに気付いたようで、ふふっと視線で笑いかけてきた。

(……あいつは一体……!?)

八木は浪士組の中にいた、自分そっくりの男に見とれた。

男と視線が合った瞬間、一太刀で斬られたような感触が心の中にあった。

その鮮やかさと冷たさに、八木は身震いした。

(関東の浪士組か。何やら京の町は面白い事になりそうだな……)

ぐっ……と歯を噛みしめ、自分そっくりの男の事を思い浮かべながら島原へ向かった。





「……まだ腕が痺れてやがる」

八木は鉄扇に残る刀の跡を見ながら呟いた。

翌日になり、何故か自宅に自分にそっくりなあの侍が泊まっている予感がして島原から帰宅した。

居間の方から、浪士達の声がする。

家の中に入り、そっと居間を覗くとあの侍は居なかった。

何故、ただ顔がそっくりなだけの男に興味を持ったのかが解らなくなり、玄関の方に戻った。

玄関で草鞋を履いていると、見知らぬ人物が自分の前に立っていた。

「貴方は八木源ノ丞さんの息子さんですね? 初めまして。今日から暫く八木邸にお世話になります、沖田総司と申します」

八木は沖田と名乗った男の顔をまじまじと見た。

(あの時の侍か……!)

髪型や服装が違うだけで、まるで鏡を見ているようで薄気味悪く胃の奥から嫌なものがこみ上げて来る。

八木が沖田の顔を見て唖然としていると、

「向かいの前川邸から、壬生菜という漬物を少しわけてもらったんですよ。八木さんは夕食はもう食べました?」

「……いや、まだだ」

八木と沖田がそんなやり取りをしていると、廁から出て来た目付きが刃物のように鋭い美形の男が二人の前で立ち止まった。

その黒い着流しが死を感じさせる凄みを持つ男は少し酔っぱらっているようで、

「総司が二人……? まあ、いい。こっちの総司、とっとと来い」

「ちょっと、土方さん!」

土方と呼ばれた男は、八木の首根っこを掴み居間へ無理矢理連れて行った。

居間では沖田の仲間達が宴会をしていて八木も強制的に参加する事になった。

「京に着いて早々、総司と瓜二つの顔の人物に出会うとはのぅ。しかも、この八木邸の息子なんて運命と言ってもいいんじゃないか。どうだ総司?」

「来て早々、酔っぱらい過ぎですよ。近藤さん」

顔を赤くし酒を飲み続ける近藤を、沖田はたしなめた。

「さっきは済まなかったな八木君。まあ、一杯飲んでくれ」

土方に沖田と間違えられた事を謝られ、勧められた酒を飲んだ。

いつの間にか、この陽気な一団と仲良くなり、八木は浴びるように酒を飲み続けた。

そして宴会もお開きになり、各々は自分の寝室で寝た。




八木は自室で外の空気で酔いを冷ましていた。

「久しぶりに楽しい酒を飲んだな。やはり、俺と同じ顔の侍は家に泊まっていたか……」

そう呟き、空のまあるい饅頭のような満月を見上げた。

「綺麗な満月ですね。食べられそうだ」

「……!?」

声の方向に振り向くと、隣の部屋で沖田も夜風に当たっていたらしい。

月光に照らされる沖田の顔を見て、

「驚かすな総司。一瞬、化け狐が化けて出たかと思ったぜ」

「フフフッ。私は人を驚かすのが好きなんです。京の町で必ず活躍してみますよ」

飄々としながらも、強い口調で沖田は言った。

「まさか、総司が家に泊まる事になった浪士組の一人だったとはな。驚いたぜ」

八木は死油を一口飲み、少し遠い目になりながら言った。

「私も驚きましたよ。息子さんがいるとは聞いていましたが、島原から帰ってきてないと主人が言っていたので。あの時、近藤さんが止めてくれなければ、斬ってる所でしたよ」

沖田は饅頭を食べながら言う。

「全くだ。標的が俺になった時は、流石にびっくらこいたぜ」

八木と沖田が初めて出会った夜。

危うく沖田の刀が八木の脳天をとらえようとした瞬間、同門である実の兄のような存在の近藤勇によって、その場の争いは静まった。

ぐっ……と死油を一口飲んだ八木は、

「総司のいる浪士組は正直な所、烏合の集だろう。見た限りでは清川という頭だけが異様な感じがした。ああゆう男が本当に将軍警護なんてするとは思えねぇが……」

やや重い感じで話す八木に、沖田は迷い無き一言を言った。

「その時は斬るだけです」

「!?」

八木は、今にも天高く浮かぶ満月をたたっ斬りそうな沖田の冷酷な一面を見て、全身に鳥肌が立った。

そして沖田は、

「明日の夕刻。清川八郎の宿舎にて、各々の頭が集めれて話し合いがあります。そこで清川の真意が判るでしょう」

「全ては明日か」

 沖田の視線が、遠い目をする八木の左手の猪口に注がれている。

「人間の血なんて美味くないでしょう?」

「さあ、どうだろうなぁ?」

八木がそう言うと、沖田は窓の障子を閉めて眠りについた。

八木は、これから京ではとんでもない事が起きるのではないか? という不安から中々眠れず、小瓶の死油を全て飲み干した。

満月が終わり、少し欠けた初めた月はまるで京の平穏の終わりを告げているようだった。



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