はじまりは突然に
三年ぶりの日本でまず驚いたのは、ほとんどの人がキャッシュカードみたいなものだったり、財布やバッグごと改札口にタッチしていたこと。
帰国するにあたって少し勉強しておけばよかったかもしれない。取りあえず紙の切符がちゃんと発売していてホッとしたけれど。
そして、あーやに会える、あーやが待っていてくれる、と思うとウキウキして、長い時間電車に揺られていても苦痛は感じない。
三年前、お別れした時は、ほんわかした綿菓子みたいで、見てるだけでも幸せを感じる女の子だったけど、今はどんな感じなのだろ。ほんわかしてる雰囲気は変わらないんだろうなぁ。外見は、もっと磨きがかかっているような気もするなぁ。
あれこれ考えだすと妄想が行き過ぎてしまいそうだ。
妄想を自重して、重いスーツケースを押しながら、駅を降りた。
道はもう覚えていないので、タクシーを拾って住所を伝え、連れて行ってもらう。街並みは、そこまで変わっていなかった。何戸か高層マンションが建ってたりするものの、特にあーやの家の周りは、ほとんど変わっていない。
懐かしさを覚えながらタクシーから降りた。
あれ……家の外観はこんなに寂しかったかな?
真っ白だった壁の塗装が黒ずんでいる……。
"ピンポーン"
――チャイムを鳴らしたが応答がない。留守なのかな? もう一度鳴らしてみたが、やはり返事はない。
あ、でもあーやのことだから、もしかして……。しっかり者のはずが、どこか抜けているあーやのことを思い出した。
玄関の取っ手を引くと、"ガチャ"と開いてしまった。相変わらずどこか脇が甘いのは変わってないみたいだ。
あーやはいるのかな?いるか、いないかに関わらず何故か忍び足になってしまう。
廊下を抜き足差し足でゆっくり進むと、物音が聞こえてきた。何か作業していて気付かなかったのかな?
玄関に一番近い部屋。
キッチン併設のダイニングルームに人が……。
「!?」
――いや、これはマズイところに……。目に入った光景に、顔、いや頭のてっぺんまで一気に熱くなるし、オロオロしすぎて、空港のコンビニで買ったペットボトルが入った袋を落としてしまった。
「だ、誰!?」
ビックリしたように、うわずる女の子の声。
反射的に僕は、壁と一体になるかのように隠れた。
ま、マズイ。変なタイミングに来てしまった。どうしよう。いや、どうしようじゃない。出直した方がいいよな。うん、出直そう。そう決心し、ここからひとまず去ろう一歩足を踏み出した時、
「おい、お前ここで何をしている」
僕が立っているすぐ横から声をかけられた。
「へ?」
はじかれたように、声がした左横へゆっくりと顔を動かす。
そこには、上半身裸で下半身にタオルを巻いた、ガイジンがいた。ダイニングルームにいた人物と違うのでさらに驚いてしまう。
な、なんだこの家は。どうなってるんだ?あーや以外に住み着いているのか?
「泥棒か?」
金髪で蒼い瞳の男は、鋭くこっちを見ている。怖い。
せめてもの救いは日本語であるところだ。凄味がにじみ出しているわけではないから。
「おい、聞いてるのか?」
「は、は、はい」
人形みたいに整った顔をしているなぁ、なんて考えていたので反応するのが遅くなってしまった。それがマズかったのか、相手に殺気がこもっているような気がして慌てて答えた。
「お前は誰だ?」
いやいや、それはこっちが聞きたいです、という言葉を呑み込んだ。
「あ、あの、きょ、今日からこちらにお世話になる者です」
「……」
つま先から頭のてっぺんまで、ゆっくり見られた。品定めされているような。蒼い瞳には慣れてるはずなのに、落ち着かない。
「……知らないな。そんなの聞いてない。あやのストーカーか?」
「へ?なっ」
あや、って、あーやのことかな? それはともかくストーカーって、なんでそういう発想になってしまうんだ。
「ス、ストーカーなんかじゃ――」
言いかけた時、小走りにガイジン、もとい金髪男に向かって駆けてくる人がいた。
「あっ……」
僕も、金髪男も同時に声をあげていた。
が、すぐに僕は視線を泳がせた。なんという格好をしてるんだっ。あ、脚の付け根が見えそうじゃないかっ! 足元見てる方がマズイかも。
「みず……き、くん?」
男物のシャツをすっぽり被った彼女の声を久しぶりに聞けて、心が跳ねる。
そのシャツの下はどうなっているのか質問したいけれど、さすがに久しぶりに会って不躾にもほどがあるだろう。それにしても、その……、太ももが露わになっていて、すごくドキドキしてしまうんですが。どうしたらいいんだっ。
「知り合いなの?」
僕の心の葛藤を知る由もなく、さっきと打って変わって、優しげな声を金髪男は発した。なんだこの変わり身の早さは。
「あ、うん。しーちゃんには話してたんだけど」
最後の方は尻切れトンボのようで聞き取れない。
「ふーん」
俯く彼女を、さも意味ありげに金髪男が見つめていた。
「そんなに怒らないでやってくれる? 綾音だって言いたかったんだよ」
ぽん、と綾音と呼んだ彼女の肩に、もう一人別の手が伸びて気きた。
「妙なタイミングに遭遇したな瑞樹」
どこか懐かしい響きなような声に顔をあげると……えーと、どちら様だろう。首を傾げてしまう。
「い、いえ……」
親しげに呼んでくれているし、見知った人だろうけど、誰だろう?
しかもなんでこの人も半裸なんだ。おかしいだろ。半裸男が二人に、太もも露わにしてる女の子が一人って。
「あ、あの、タイミング悪かったみたいで、ぼ、僕出直します」
どうにもこうにも、場違いな気がして、慌てて三人に背中を向けようとした。
「あぁそれがいいな」
「待って」
「瑞樹」
全てが重なって聞こえ、思わず振り返ってしまった。
一人はこちらを全然見ていない。
もう一人は困ったような表情てこちらを見つめている。
そして一人は肩をすくめて、まるで同情されているかのような仕草をされた。
「あ、あの……」
これはどうしたらいいのだろう。判断に迷ってしまう。
「だから、お前は帰ったらいい」
迷いを一蹴するかのように、金髪男はずばっと切り込んできた。
「あ、でも美礼くん、瑞樹くんの家は日本にはないのよ」
親切心であーやは言ってくれてると思うのだけど、明らかに金髪男……、いや美礼、と呼ばれた男の視線がものすご~く痛いんですが。
「だから何? 僕はそんな話聞いてないから関係ないな」
そう言うなり、僕の背を無理やり押しながら玄関口に追いやられる。
「み、美礼くん、ちゃんと話すから落ち着いて」
「落ち着く? 僕は落ち着いてるよ。別に僕だけが事情知らなくて苛々してるわけじゃないよ」
いやいや、それは気にしています、と宣言してる言い方です。押していた力が弱まり、振り返ってみると、こどもみたいに頬を膨らませていた。
「ふふ」
「なんだ? 何がおかしい?」
ゲッ。ふくれっ面が面白いです、なんて言えない。美礼、と呼ばれた人の視線が怖い。
「美礼くん、ちゃんと説明するから、ね?」
なだめようと必死のあーや。だめだよ、そんな男に優しく言っちゃ。でも、彼を見上げる熱っぽい視線に気付き言葉を呑んだ。
「じゃぁ、とりあえず美礼と瑞樹はここで待ってて」
「どうして見ず知らずの男と一緒にいないといけない?」
もう一人の男の提案に、美礼という人はあからさまに棘のある言い方をした。すみません、本人に目の前にしてハッキリ言われるとへこみそうになります。
「……少しは大人になったらどうかな?」
怒ってはいないようだが、冷静に言い渡し、あーやとともに別の部屋に消えてしまった。
……非常に隣にいる方の機嫌が悪いの、ビシビシ伝わってくるのですが。
「あんのぉぉ爺くさ忍めぇぇぇ」
姿が見えなくなったのを確認したのか暴言を吐き出した。ちょ、ちょっと待てよ。今”忍”って言ったよね、あの忍さん?
「えぇぇっ?」
思わず素っ頓狂な声をあげてしまう。
「え?」
僕の急な反応に、お隣さんは驚いた顔をしているが、関係ない。
なんか色々頭の中がこんがらがって収集つかないんですがぁぁ。
文章の量にムラがあってすみません。