不機嫌な朝
僕の家の主様は朝がとても弱い。
「あーや、あーや、遅刻しちゃうよ」
既に目覚まし時計、五つ分は無駄になり、僕が呼ぶのはこれで三度目。
起きる気配がいないので仕方なく部屋へ侵入する。
主様の寝起きが大層なことになってることが多く、僕は目のやり場に困ってしまう。
今日はどうだろう。
「あーや、もう時間ないよ!」
今日は布団をすっぽり被ってくれている。はぁぁあ良かった。
「ん―――」
ぐぐっと腕が布団から伸びた。
これはもう目を覚ます……のかな?
「ん……眠いよぉぉ」
伸びた腕は、また布団に戻っていってしまった。
こ、これはマズイ。また眠ってしまう!
慌てて、あーやには役に立たなかった時計を見た。マズイ。あと数分で迎えが来る!!
「あーや、迎えがくるよ!」
さっきより声のボリュームをあげて、布団にくるまる体をゆすってみた。
もう少しで、恐怖の魔王様が来てしまう。早く起きてくれあーや!!
必死で心の中で呼びかけたのが届いたのか、もぞもぞと動き出した。
「ん……ふぁぁい」
気の抜けた返事とともに布団を擦り落とし、現れたのは……スラリと伸びた脚に、寝相で太ももまで短くまくし上げられてしまった、ワンピース風の寝巻きであった。
や、ヤバイ。パ、パ、パン!!
太ももをじとっと見てしまいそうになったけれど、慌てて視線を泳がせた時、チャイムが鳴った。
よかったぁぁ。助かった。このままだと妄想炸裂しそうだったし。いや、よくない。もう魔王登場じゃないか!!
急いで玄関の扉を開けると、品性方向、今どきあり得ないビン底メガネに、そこまで長くない黒髪を七三分けをしている。いつの時代のキャラクターですか? と突っ込みたくなる外見の魔王様。
しかも今日は後ろに従者を連れている。従者《かれ》は魔王より僕に優しく接してくれるから、心がホッとする。逆に魔王の僕に対する接し方は、傍若無人というか、なんというか……。 それに、家業に曰くはつくけれど、普段はそんなこと微塵も感じることができないほど、クリーンなイメージしか僕にはない。
が、一度怒りに触れると人が変わってしまうほど、恐ろしいとか。僕は一度もでくわしたことがないから、本当のところどうかはわからいけれど。
「……い、おい、あやの準備は終わってるのか?」
さも当然、と言わんばかりな態度にイラッとくる。僕がノーの答えを言うと魔王はニヤリと笑った。
笑いやがった!!
そして、ぽん、と従者の肩を叩いて颯爽と家へ上がりこみ、あーやの部屋に一直線。
朝からアイツに……。あぁ、想像するだけでも嫌だ。
しかもそれをシレッと許してしまう従者も従者だ。はぁぁ。
「瑞樹、で、綾音と美礼の弁当はできてるのか?」
「へ?」
「へ?じゃないだろ。またアイツにどやされるぞ」
はいはい、って僕は魔王の下僕じゃないし。お供には恨みはないけれど、うらめし顔で見やりつつ、急いでキッチンに向かった。
あーやのお弁当は家の主様だから。それに居住させてもらってる、というお礼も込めて始めたのだけど。いつの間にか、魔王の分を作ることも日常になってしまった。
作ってやる気は全然なかったのに……。あーやの頼みだ。断ることはできない。惰性で作ってやっている。
最後の仕上げをしている所に、ニ階からあーや達が降りてきた。
「瑞樹くん、ごめんね何回も起こしてくれたんだよね?いつもごめんね」
そんなしょげた顔をしなくてもいいんだけどな。ちゃんと起きてくれれば、朝からモヤモヤした気分にならなくて済むのに。
「そう思うなら、自分で起きればいいだろ」
僕の思いを代弁してくれたのは、さすがの兄貴分のお供、忍さんだ。
「ごめんなさい。……今日は、しーちゃん来てないかと思ったけど、下にいたんだね」
申し訳なさそうな顔から、急に安心した顔をしている。
「そ、今日は来てたんだよ。でもジャンケンで負けたから特権は僕に、ね、忍」
あぁぁ、あーやの後ろから抱きついて言わないでほしい。
「まぁ、そうだが……お子様には刺激が強すぎて、顔真っ赤にさせてるぞ」
お子様……。三人の視線が一気にこっちに向かってきた。え??
僕、そんなに顔赤い???
「それはそうと、急がないと時間がないぞ。瑞樹、弁当は?」
「あ、はい。できてます」
「ありがとう瑞樹くん。いつも助かるよっ。お弁当、いつも美味しいし」
そう言われると照れてしまう。
包んだお弁当を渡すと、にっこり笑ってくれた。眩しい笑顔だ。でもこの笑顔は僕のものだけではない。誰にでも平等に見せてくれる素敵な笑顔。
忍さんや魔王に見せる表情は、どうなんだろう。何か特別さがあるのだろうか。
考え事をしながら弁当を包んでいたので、変な結び目を作っていた。
「おい、呆けてないで、しっかりやりな」
「あ、はい」
って、なんで魔王に怒られないといけないんだ。
そもそもコイツが全ての元凶だ。
因みに「魔王」と呼ぶ男は、僕が勝手につけた心の中の呼び名だ。
本当に魔王みたいだから。
僕のいない間に、言葉巧みに二人を堕落させたに違いない。
天真爛漫なあーやを汚し、兄のように慕っていた忍さんを、鬼畜な性格に変えてしまっていたから。
良く知る二人を変えた張本人、魔王こと柏木美礼。
中等部三年次に、彗星の如く現れて、皆を魅了して今や高等部ニ年にして生徒会長の座を欲しいままにしている恐ろしい奴。
外見はホントダサいのだけど、先生からの信頼も厚く、生徒達にはとても親切。そして、いかにも作りました、という外見は女の子達の噂を呼んでいる。ベールを剥がせばきっと目を見張るばかりのな美男子なのだろう、と。しかし、未だに誰もビン底メガネを外しているところは目撃されていない。
皆の憧れ、あーや、こと春日 綾音を周囲にバレないように自分の配下に置いて、手懐けて、心も身体も食ってしまうなんて。
それを自慢げに口外するわけでなく。心で留めている。
しかも表面上、あーやは忍さんの彼女、ということになっているし。魔王の考えていることは理解できない。
それに加えて、自分の彼女、という肩書きに何ら異を唱えない忍さんも忍さんなんだけど……。
「そいうわけで、僕達は車で先行くから、ミズキチは自転車でね」
爽やかに言うわりに、何がそういうわけなんだ!!!
声を荒げて言いたくなったけど、既に遅し、3人とも出て行ったあとだった。
薄情者ーーーーーーーぉ。
2013.7.29文章前半、加筆修正
サブタイトル2013.8.1変更