そのいち 5
昼休み。私は梢ちゃんと二人で中庭に来ていた。
「それにしても五十路の奴しぶといね?。あんなカチカチの凶器で頭殴られたのにもう復活してんだから。しぶとさからしたら、ゴキちゃん並だね」
別に復活しなくても良かったのに…
とは言うものの、ちょっとホッとしていた。もしこのまま起きなかったとしたら私どう責任を取ればいいんだろう、なんてことを授業を受けながら考えてたからね。まあそのせいで魔法が使えなかったと言っても過言ではないでしょう。あとであの馬鹿に抗議してやる。
「おやおや?安心したような顔になってるよ?どうしたのかな?」
「もう!人の顔を覗き込まないで!それよりお弁当食べようよ」
「そだね」
私達は同時に弁当箱の蓋を開けた。
うわ!何ですかこのお弁当。ご飯の上にそぼろと海苔でクマの絵が描かれ、おかずもなんかいちいちキャラクターっぽく作ってる。気合を入れて作るのはいいけど、こんなお弁当を喜ぶのは小学校低学年までだよお母さん…もうちょっと気を使って…恥ずかしいよ。
でも、私のお弁当を見て梢ちゃんは目を輝かせていた。
「うわ!那美のお弁当やっぱり凝ってるね?!いいな?」
こんな幼稚園弁当のどこがいいんだか。
「いい加減、この子供っぽいお弁当やめてって言ってるんだけどね…お母さんがヤダって
言うもんだからずっとこのままなんだよね…」
「いいじゃない!うちなんか殆ど前の日の余り物と、冷凍食品なんだから!」
そっちの方が断然いいよ。何ならお弁当作りを梢ちゃんのお母さんと入れ替えてほしいくらいだよ。それに梢ちゃん、あなたのお弁当もなかなかの物だよ?前日の余り物には一手間加えてあるっぽいし、冷凍食品のエビフライにも、梢ちゃんのお母さん特製のタルタルソースがかかってるじゃない。結構手間をかけて作ってくれてると思うよ?
人は往々にして親の愛情に気付かないもんだね。
私達はいくつかのおかずをそれぞれ交換して、食べ始めた。
「こうして二人でお弁当を食べ初めてもう二ヶ月近くなるんだね」
「そだね?うおっ!那美の卵焼き、めちゃうまい!」
「もう何度も食べてるじゃない。それより梢ちゃんのこのコロッケすごくおいしいよ!」
「ああそれ昨日の肉じゃがの余りだね。私は『無理やりコロッケ』と呼んでいる」
交換した他のおかずも頬張り、箸を揺らしながら説明してくれる。説明してくれるのはいいんだけど、口の中に物を入れて喋っちゃ行儀悪いよ。あ、ほら!口の周りにいっぱい物がくっついてる!
私は、梢ちゃんの口の周りをティッシュで拭いてあげながら、
「私、梢ちゃんに会えてホントによかった」
真面目な顔をして梢ちゃんを見る。
「なんだよ急にー!改まって言われると恥ずかしくなるよ」
少し顔を赤くして、箸をふりふり、照れくさそうに梢ちゃんは笑う。
「私だって良かったって思ってるよ。そう言えば那美ってば最初に私に話しかけてきた時ちょっとビクビクおどおどしてたよねー」
梢ちゃんは私の頭をくしゃくしゃと撫でながら楽しそうに話す。
「え…私、最初そんな風に見えた?」
「うん、見えた。小動物みたいで可愛かったなー」
私にそういう自覚はなかったけど、そう見えたのなら本当だろうとなとも思った。何でそんな風にしてしまったのか思い当たることもある。
小学校に入学する前、すごく仲の良かった友達が居た。だけどその子は突然、別れも告げずに引っ越してしまい、まあ子供心に傷ついたのかもしれない。私は数日間部屋にこもって泣いていた。
そんなことがあったからか、小学校に入学しても友達を作ろうとしなかった。友達になったって、どうせまた何も言わずにどっか行っちゃうんだから…とかどこかで思ってたからだ。そんな状態が小学校を卒業するまで続いたっけ。
中学生になって、引っ越していく子なんてそんなに多くないんだなってわかったから、クラスメイトとも少しは話をした。だけどまだちょっと疑ってたし、友達と呼べるほど仲良くなった子は居なかったんだけど、中学三年の時に初めて出来たんだよ、友達が。それが相沢友美ちゃんだった。だけど友美ちゃんは放課後は生徒会で、私は帰宅部。あんまり遊ぶことが出来なくて、結局中学時代は結構寂しかった。
「それで、本格的にこれじゃダメだって思って、高校に入学した時に声をかけたのが…」
「なるほど!この私だったわけね!」
梢ちゃんは誇らしげに胸を張る。
「うん。梢ちゃんのお陰でクラスの皆とも仲良くなれたし、すっごく感謝してるんだ。あ
りがとう梢ちゃん」
「にゃー!かわいいやつめー」
梢ちゃんは勢いよく抱きついてきて、頭をまたくしゃくしゃと撫でる。
私の顔は梢ちゃんの胸の中。男子生徒の諸君、羨ましかろう!とか叫んでみたかったけど、力強く抱かれて、口が塞がってるので喋れない。…って言うか梢ちゃん、苦しい!どれだけ力が強いの!私が離れようとしても全くびくともしない。頭がボーっとしてくる。それにしてもいいねこの胸。そしてずるいね、このフカフカ。半分ほしい…って何考えてんの!ヤバイ!窒息する!
走馬灯が現れようかというその瀬戸際、もの凄い突風が吹き、梢ちゃんがよろめいている間に辛くも脱出できた。どうやらどこからともなく飛んできたメロンパンが梢ちゃんの顔に直撃したらしい。メロンパンに命を救われた。メロンパン様々だね、まったく。
「あー苦しかった…」
「あはは、ごめんごめん。にしてもなんでメロンパンが飛んでくるかな?まあいいか。それよりお弁当食べちゃおう。その後は食後のデザートだ!」
梢ちゃんはメロンパンを高々と掲げ、私にも分けてあげようなんて言ってたけど、お弁当だけでお腹は一杯だし、ましてやどこから飛んできたのかもわからないメロンパンなんて食べる気にもならなかったので、断固拒否した。
それにしても一つ勉強になったね。『過度の愛情表現は凶器になる』。うん、私の胸が大きくなった時のために覚えておこう。
抱きつき攻撃で、少し崩れたお弁当を食べ終えたあと、ぼんやりと空を眺めていた。
『魔法世界』の空は、普通の世界の空よりも澄んでいるみたい。排気ガスを出す車が走っていないからかもしれない。心なしか空気もおいしいように感じるし。朝にあれだけいた巨大な鳥も、今は飛んでいない。
ところで梢ちゃん、そんなメロンパンをモリモリ食べて大丈夫?お腹壊しても知らないよ?
そうだ…梢ちゃんには言っといた方がいいかな…私は別の世界からこの世界に飛ばされちゃったってこと…私はこの世界の人間じゃないってこと…きっと信じてくれないだろうけど…
「もぁみ?あおあもいえみあっふぇうお?」
「梢ちゃん…口の中の物を飲み込んでから喋ろうね?」
梢ちゃんは私の言った通り、飲み込んだあと改めて、
「那美?顔が真面目になってるよ?」
「うん…私、実は梢ちゃんに言っておきたいことがあって…」
「私に愛の告白?」
「うん…私、実は梢ちゃんのことが…って!そうじゃなくて!」
梢ちゃんは私の肩を叩いて大爆笑している。話の腰を折られ、あらぬことを言わされそうになって、私は顔を真っ赤にして猛抗議する。
ひとしきり笑って、ひとしきり抗議したところで、本題に戻そうしたけど…やめた。
特に理由は無い。ただ何となく。こんなこと、いつでも言えるしね。